見出し画像

スイスで介護ヘルパー!その23「認知症ケラーさんにどう接するか・第三話」#入居者さんの思い出

(第二話からの続き)


ケラーさんにシャワーができました!?


 そんなわけで、ケラーさんに対して通常のお世話が実行できた場合は、ほとんど称賛の対象となった。

 昼食が済み、遅番が出勤してくると、朝のお世話で気づいたことや大事な項目を早番から遅番へ引き継ぐためのミーティングが行われる。早番は、朝にお世話した際の簡単な報告をするのだが、いつもと同じなら特に言う必要はない。

 けれどケラーさんの場合は、違っていた。担当者が何かできたとき、それは例外というものだから、いちいち報告がある。例えば、「今朝はケラーさんにシャワーすることができました」なんて人は、みんなから拍手喝采された(一体どうやったのだろう?)。セシルという、介護の道30年というベテラン看護士は、何度か髪の毛を結ぶことに成功したし、一度はちょっとだけ短く「カット」も成し遂げた(一体どうやったのだろう?見てみたかった)。
 

神介護ヘルパー・ロッタ


 しかし私がいつも感心しているのは、ロッタである。ヘアカットなどの派手な業績はなかったものの、ふだんのお世話を確実にこなせていたのは、おそらくロッタただ一人だったと思う。

 もうすぐ引退する年齢で、セシルに負けないぐらいのベテランだが、セシルと違ってロッタは介護ヘルパー。つまり私と同じく、医療行為はせずにお世話だけをする。なので参考になることが多く、ロッタと組んだときはよく観察して、技を盗もうとしているのだが。なかなか真似できない。
 
 ロッタは、笑顔を絶やさない。はい、それだけは私も当てはまる。笑顔だけは、私も惜しげなく振る舞うようにしている。
 が、ロッタはさらに、いつも冗談を言う。それにはドイツ語能力が不可欠なので、ロッタには遠く及ばない私である。たとえドイツ語が流暢だったとしても、何でも冗談のタネにしてしまうというのは、そう簡単にできることではない。

 例えば、おばあさんにブラをつけてあげる時に、「あら、これ私のと同じ。私もまったく同じの持ってるわ」などと言う。「もし私のがなくなっても、ここに来れば同じのがあるのね!」。そしてニヤッと笑う。
 こういうことは、とっさに言えるものではない。同じブラなんて、本当か嘘かわかったものではない。
 また、ロッタがひとりでお部屋を片付けているときに、その部屋の住人が戻ってくる。「ここで何しているの?」と聞かれたロッタは、「片づけてたの。ベッドで寝てたんじゃないわよ?」と、こうくるのだ。

 この、打てば響くような絶妙な反応だけでも稀有の才能なのに。ロッタの本当にすごいところは、入居者さんを絶対に急かさず、辛抱強く見守るところだ。

認知症の方さえ手なづけるロッタ


 ロッタは、力ずくのまさに正反対。腕力を使わず、とにかく優しく、ひたすら優しく誘導する。
 入居者さんは体に痛みを持っている人が多いし、体の部位をうまく動かせない。そのことを理屈ではみんなわかっているが、本当に心底理解し、寄り添ってあげられる人はあまりいない(ひどい人だと、「痛い」と訴える入居者さんに対し、「20歳じゃないんだから、体に痛みぐらいあるわよ~」と笑うのだ)。
 
 ロッタが、ケラーさんを着替えさせる場面に立ち会ったことがある。
 驚かないでね、着替えするだけだからね、はい、そうよ。いいのよ、ゆっくり。怖がらなくていいのよ、手伝ってあげるからね。
 ずっとこんな調子で、とにかく時間をかけ、そうっと行っていた。
 はい、立ち上がって。大丈夫よ、転ぶことないわよ、私がここにいて、支えてるからね。

 ロッタがもうすぐ年金生活に入る年齢だから、私はついこんな風に書いてしまったが、ロッタも入居者さんには敬語を使って話している。でも、なんとなくこういう調子で書いたほうが伝わると思って、こんなくだけた口調で書いてみた。
 それはともかく、ロッタは独自のやり方で、ケラーさんのお世話をたいてい上手にこなしていたのである。
 

ロッタの問題点

 問題もある。あまりにお世話がうまいので、絶大な人気を誇っていて、ロッタをご指名してしまう入居者さんが何人かいることである。ロッタはフルタイム勤務ではないので、彼女が休みの日はほかの人がやるしかないが、ほかの人は若干やりにくくなるのだ。

 実は私もご指名を何度か受けたことがあるのだが、やはり嬉しい。ご褒美のようで、ありがたく思うし、モチベーションも上がる。

 が、ご指名されない側になってみると、ロッタじゃなくてがっかりしている入居者さんのお世話をするのは、やはり申し訳ないし、何よりやりにくい。いつもはロッタが担当しているから、私たちには担当がなかなか回ってこなくて、その結果ますます経験が不足してしまい、ご満足いただけない、という悪循環にも陥る。
 

ロッタの仕事ぶり


 ロッタは午後のミーティングのあと、いつもお部屋の見回りをしたりベッドを整えたりしている。入居者さんとゲームや散歩をして過ごすことは、まずない。そういう点では、私と方針が違う。
 入居者さんが私たちと一緒に時を過ごすことを望んでいると私は思うし、最低一人はいつも入居者さんの目の届くところにいた方がいいとも思うので、そうしている。ロッタのように、ひとつひとつの部屋を回ってベッドを整えておこうとは思わない。
 実際、休憩でロッタと一緒になっても、私はそんなに仲良く話しているわけではない。
 しかしお世話そのものに関しては、ロッタから実に多くを学んでいて、心から尊敬している。私のお手本と言っても過言ではない。
 こういう同僚が同じ職場にいるということは、大きな幸運だと思う。はっきり言って、ロッタはスイスの介護業界では50人にひとりぐらいの逸材だと、私はひそかに思っている。(第四話へ続く)

【読者のみなさまへ】
 今回の、このケラーさんのお話は、表現的に問題か所が多くあると思います。中には、内部事情暴露のような内容になっているところもあるかもしれませんが、どうかご理解くださり、最後までお読みくだされば幸いです。
 また、「この表現に直した方が良い」などのご指摘は大変ありがたく存じます。よろしくお願い申し上げます。

 おことわり。本文に出てくる人物名は架空のものです。プライバシー保護のため、内容も部分的にフィクションを加えてあります。

神奈川県→イタリア→英国スコットランド→スイス。引っ越し回数30回以上、転職も30回以上(バイトを含む)。イタリア語を学んだ後、日本語教師、ライター、介護ヘルパー。趣味は読むこと書くこと、ウォーキング、ヨガ、旅行、折り紙、ピッコロ。現在スイスのバーゼル近郊に長女と2人暮らし。