オールドメディアの存在価値。
どうも、名古屋のフリーライターの平井です。
そろそろ年末の雰囲気が漂ってきましたが、皆さんはいかがお過ごしでしょうか?
僕もだいぶ慌ただしい毎日を過ごしております。12月に向けてライターの仕事も色々と立て込んでくる中、農作業の方も過去最高の作付け面積にチャレンジしている関係で猛烈な人手不足に陥っておりまして……。
で、こんな忙しい時に限って、家族の大切な用事が重なる、という。人生はなかなか思い通りにいかないものですね。
さて、そんな今日この頃ですが、最近のホットな話題といえば、真っ先に「選挙」を挙げる方も多いのではないでしょうか。
「都知事選」、「衆院選」、そして先週末は「兵庫県知事選」がメディアを賑わせました。
で、これらの選挙で改めて浮き彫りになったのが、新聞やテレビなどのいわゆるオールドメディアの存在価値が大きく揺らいでいる、ということ。
もちろん、昨日今日で言われ始めたことではありません。もはや語り尽くされた感もあるトピックではあるけれど、最近の選挙で改めて「ネットの破壊力」が示されたような気がしています。
いやはや、SNSでバズるとここまで民意がひっくり返るとは…。
「オールド」と銘打たれている通り、新聞やメディアの動きはどうしても鈍いです。もちろん色々と制約があることは分かります。ただ、「鈍い」「遅い」だけならまだしも、「正しいことを伝えていない」「偏向している」と捉えている人も多くて、これはなかなか大変なことだなぁと感じています。
僕もライターとして、地元の新聞で連載をしたり、過去にはテレビにも出演したりしています。メインストリートを歩いているわけではないけれど、「メディアの端っこ」くらいにはいるわけで、ここ最近の一連の選挙戦は、メディアのあり方について色々と考えることが多い出来事でした。
オールドメディアのこれからはどうなるのか。
育ててもらったという恩義も感じつつ、新時代のオールドメディアのあり方を真剣に考えていく時期なのかなと思います。本当に絶滅しちゃう=見向きもされなくなる前に、ね。