夏が狂っていないなら
泣くだろう犬の臭いの染みついた風呂場へ入るたびに裸で
大きめの犬と目が合い頭から食われる夢を夢見て歩く
死ぬ前にあとどれくらい唇の皮を剥いたら死ねるのだろう
朝帰りひらいたドアにぶちまけたヤクルトきみよ甘く腐れよ
いとおしい人の中にもホルモンとうんこがあるんだよなあ 生きる
さよならと言ったくちびるに押し込むぼくの一番ざらついた部位
服を脱ぐ事を恥じらう人間も動物なのにまた服を着る
根元まで吸ってしまった煙草さえ君といたなら花火の味だ
レモンでもイチゴでもない味だった他人の唾を受け入れた初夏
ひまわりが真っ直ぐなままうつむいて死んだかのようにして生きてる
死んだのをわかった上でもう一度叩いて潰される妊婦の蚊
我慢して笑うわたしを本当のわたしと思う人と喰う桃
飛び込んで弾かれた蟬コンビニのドアが電車に見えた月曜
あと何度挟まればいいコンビニのドアの間の蟬はまだ蟬
死んだあとどうなったってかまわない 轢かれ潰れた蝉だったもの
手の汗を笑われていた友達が一心にフォークダンスを踊る
ひとごろしの夏が逃亡したと聞き会いたくなって玄関を出た
焦がしたら取れるほくろを僕にくれ君が捨てたいものも愛する
小指入れ湿ってるねと言い嗅いで飴耳だねと舐めたあのひと
夕立ちの向こうにあなたいるようで何度も窓を開けるお彼岸
こうのすと呼ばれる土地に住んだのは幸福の巣の略だったから
死ぬ前に出て来るという夢の虎撫でてみたかったな死ぬ前に
分け合っていたね露店の肉のない焼きそば笑って食べた肉のなさ
みんなみんなわたしを置いて行ってしまう行かないでって言わなかったから
ピカピカにしたら綺麗な赤ちゃんが生まれるトイレで生まれて死ぬ子
夏のつく名前もつけてもらえずに夏に生まれて夏に死んだ子
逃げ出した犬をツイッターで探しお叱り受けてこころ二度死ぬ
鼻水を吸ってあげられなくてごめん家族だけどきみは犬だった
かたちないものが好き、夏。とどかないものが好き、月。死ぬまでひとり
犬といて話もせずに撫でもせずただいた時の透明な凪
家族だと思ってたのはヒトだけでドア擦り抜けたきみのゆくさき
大好きな炊き込みごはん大好きなひとと食べると泣きそうになる
切り花を嫌いな彼がつぶやいた きみは案外残酷だねと
生きている速度が増すよ夏の日の花瓶の花の二度目の死まで
風鈴のちりんちりんと綺麗だね見えない音を叩きつけたい
ほおずきを知らないきみとはじめての夏を過ごして秋に分かれる
こんにちはもう会えないとわかってもこんにちはって言ってわらうよ
どろどろのおでこと前髪が好きだきみが嫌いな汗もきみだし
無自覚な殺意のような性交の前の遊戯を夏が見ている
繰り返す季節の中のただひとつなのになんでよ特別で、夏
かりたての襟足を撫で涙ぐむわたしの犬はあなたではない
目を逸らすお彼岸前に咲く花の血と骨じみた赤と白から
夕暮れにけんけんぱしてさようならわたしひとりでなくなよ明日
さみしいと新しい犬(こ)を見に行った両親の一人っ子のわたし
ばかでかいクマを買ったよ名前つけて一緒に寝てもいずれ捨てるよ
リフォームをするお隣のお庭から瀕死の虫が引っ越してくる
帽子飛びきみが視線を逸らすのを見て気がついた恋も死ぬこと
花火って意味ないよなと夏が来るたびに言ってたきみの消息
痛み出す指、腫れていく皮膚の下、ふくらみ腐りゆく夏がある
いないならなつがくるっていないならかえってきてくるっててもいい
(2021年笹井宏之賞応募作を推敲したものです)