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【エッセイ】心を支えてくれた、あたたかな言葉

静岡県松崎市。
山々と海岸を抜けた先に、田んぼと草木に囲まれた一軒の宿がある。

大学1年生から、気づけば4回目。
サークルの合宿で足を運ぶこの宿は、家族経営で、いつも温かいおもてなしが心に残る。

「恐らく、今年で最後になるだろう。」


そう思いながら、送迎バスに揺られて窓の外を眺めていると、ワクワクと寂しさが交錯して、あの日々の記憶がよみがえった。



7年前。大学3年生の夏。
サークルリーダーとして初めて迎える3泊4日の合宿は、不安でいっぱいだった。

体育館の手配、体調管理、宴会のレクリエーションの司会。やらなければならないことが山積みで、気づけば眠れぬ夜が続いていた。

「本当にうまくいくのだろうか…」

そんな不安に押し潰されそうな中、宿のお父さんに何度も助けられていた。

体育館から戻る時間や、海で遊ぶ時間、宴会の音に関しての配慮。
小さな気遣いが、あの時の私を支えてくれた。

近くの海が舞台だったのもあって、映画『ガリレオ 真夏の方程式』の話で盛り上がったり、何気ない会話が心を温めてくれた。


あの夏、心の支えになったのは、何も大きなことではなく、お父さんとの温かいやり取り。


「頑張ってね」と声をかけてくれるその言葉。穏やかな眼差し。
それらがどれだけ私の不安を和らげてくれたことか。


その一言が、まるで心の扉を開ける「鍵」のように感じられた。





年が過ぎ、メンバーとして合宿に参加することになった。
毎年通っているはずなのに、この宿に来ると心が不思議と落ち着く。


去年とは違った気持ちで足を踏み入れ、ふとお父さんと立ち話をしていた。

他大学の話や、静岡の観光スポット、これからの予定。
何気ないひとときが、私にとってどれほど貴重なものだったかを改めて実感した。

その時、お父さんがこう呟いた。


「去年は大変だったからね、今年は思いっきり楽しんでいって。」


その一言に、私の心は温かさで満たされた。


「覚えていてくれたんですか!?」


驚きながらそう尋ねると、お父さんは少し照れたように、そして優しく笑って答えてくれた。


「覚えてるに決まってるよ、去年頑張ってたじゃん。」

その言葉は、どんな言葉よりも力強く、私の心に響いた。

周りにはたくさんのメンバーがいたから、心の中に浮かんだ思いをギュッと抱きしめながら。

お父さんの声の温かさや穏やかな表情、その眼差しからは、言葉以上に深い優しさを感じていた。



最後の時間がやってきた。


帰りのバスに乗り込みながら、宿のスタッフが見送ってくれる中、心に浮かぶのは感謝の気持ちと、これからも変わらない日々を祈る想いだった。


毎年恒例のお見送り。


宿の裏から、バスが見えなくなるまで手を振り続けてくれるお父さんやスタッフの姿が心に深く刻まれた。


ずっと変わらない、温かな光景。

「いつまでも元気でいてね。」


今年は、誰よりも心を込めて、全力で手を振った。



・・・



手のひらに込めたのは、これまでの感謝と、
これから先も変わらず続いてほしい日々への祈りだった。



もしまた静岡のこの宿を訪れることがあれば、私はお父さんにこう伝えたい。


「あなたの温かさが、私をいつも救ってくれていました。」


きっとお父さんは、あの日と同じように、あたたかい笑顔で微笑んでくれるだろう。


お父さんと私の最後の夏休み。














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