金平糖のような、異国のお菓子のような本。
私は途中で一度、本を閉じた。
こんな気持ちになって本を閉じるのは初めてだった。
ちょっと待って、落ち着こう。
これは多分、さらさらと読んじゃいけないやつだ。いや、いけないんじゃない、そうしたくない。
この本は、ごくごく飲むように勢いよく読むんじゃなくて、飴玉を口の中でコロコロと転がすみたいにゆっくり味わって読む本かもしれない。
そう思った。
読んでいたのは「世界はひとりの、一度きりの人生の集まりにすぎない。」、林伸次さんの新刊だ。
読み始めたのは10月のはじめ。そして今は、繰り返し読んで大体4周目くらい。
正直最初は「ふむ、なるほど...?」みたいな、なんとも言えない心持ちになった自分がいた。プラスでもマイナスでもない、ちょっときょとんとするようなイメージだ。
それと同時に、私は先日この本を読む前にBar bossaにお邪魔した際、林さんから言われた言葉を思い出した。
「もしかすると日野さんは、あんまり好きじゃないかもしれません。この本、こういうのすごく好き!という人と、よくわからなかったという人で分かれるようです」
その言葉があったからか、あれ?もしかして私は林さんが予想していた通りの後者のタイプなのだろうか、なんて思った。
しかし、それは違った。いや、読んでいくうちに変わったのかもしれない。
そんな少しふわついた心持ちのまま読み進めていくと、最初に感じていた「きょとん」は、いつの間にかすっといなくなっていった。
思うにきょとんの正体は、自分の立ち位置のせいだったのだと思う。
最初の数ページ、または数話を読んでいる間、私はまだその世界や空気感みたいなものをうまくチャッチできていないというか、溶け込めていなかったのだ。
本を読む時に、自分がそこに溶け込んでいくという読み方をする人がいるかはわからないけれど。
小さくて閉じていて、少し不思議な話。
当初、私はその世界を覗き込むには「小さく閉じている」の言葉を借りると、大きく開けすぎていたのかもしれない。
そこに入っていくには心に色々なものを持ちすぎていたというか。
それは日常とか、常識とか、社会で生きていく上でいつのまにか背負い込んでいたようなもの。
いつもの自分がいる世界の"当たり前"を無意識で頭に置いて読み「ふむふむ、そういう世界なのか...」なんて思ったり「だとしたらこういう場合はどうなっちゃうんだろう...」なんて想像をして心配したり。
私はしばらく、自分のいる場所からその世界を捉えようとしていたのだと思う。
けれど読み進んでいくうちに、自分の中でそういった色々なものが削ぎ落とされていった。そして様々な世界を目にするごとに、この本の読み方、もっと言うとこの世界への入り方みたいなものがわかったような気がしたのだ。
知らない世界のようで、どこか自分と繋がっているような感覚。忘れていたことを思い出すような、初めて見る世界。
そんな風に心が動き出してからは、この本の中の世界は私の生きている世界と何ら変わらないように思えた。
私が見ている私の世界。同じ国にいる違う人の世界。違う国の違う人の世界。もっと知らない世界の、知らない誰かの世界。それって、きっと全部一緒なのだ。
私の世界も誰かの世界も、この本の世界の人たちと同じ人生の集まりの一つじゃないか。そう感じた瞬間、一つ一つの物語がすっと自分の中に入ってきた。本の中の世界がものすごく身近に感じたり、その世界に自分が入っていくような感覚にもなった。
そうやって、自分も本の中の住人になったような気持ちで読むと、それぞれの物語はどれもとても心地の良いものだった。
あぁ、最初の方の話、今のこの感覚でもう一度読みたい!と思った。
私はゆっくりゆっくり本を読み終えたあと、改めて最初から、今度は夜眠る前に一話だけ読むというのをやってみた。
これがまた、とてもよかった。
あぁ、もう終わってしまう、ずっと読んでいたいなぁと本を読みながら思ったことは今までも何度かあったが、こんな風に余韻に浸るように、じっくり一話ずつ読んだのは初めてかもしれない。
目まぐるしく忙しない生活の中でさらりと読んでも通り過ぎてしまうけれど、なんというか、自分がReadyになった状態でそっと覗いてみると、滲むようにぽわっとした光が見えてくるような感覚。
もしかすると、読む人によって分かれるというのはこういうことなのかななんて思ったりもした。
そして、私はこの本を読みながら、初めてやってみたことがある。それは本に付箋をつけること。特にいいなぁと感じた物語や、好きな一節に小さな付箋をぺたりと貼った。
そうして2周目を読み終わったあと、今度はその付箋を頼りに自由に本を開いた。
今日はどこに行こうかなと、不思議な世界の扉を開くようにすいっと付箋をなぞって読んだり、お気に入りの一節からその世界の人に心を通わせたり。
そして小さな世界にじんわりと心を落としながら眠りにつく。
するとなんだかとても穏やかに眠れるような気がした。
この本は私にとって、宝箱にしまっておく「とっておき」が詰まったような本だと思った。
瓶の中の色とりどりの小さな金平糖を大事に大事に一粒ずつ味わうような、あるいは、知らない国の伝統的な模様や不思議な色づかいで彩られた箱に入った、様々な形のお菓子を選び取るような、そんな本。
がんばったとか落ち込んだとか、何か心が動いた時にひっそりと開きたくなるような本だ。
今まで短編集って前までのくだりを覚えていなくてもいいし、サクサク読めるしいつでも区切りをつけられるから読みやすくていいなぁなんて思っていたけれど、この本に出会って、私は短編集の本当の読み方を知ったかもしれない。
さらっと読むのではなく、限られた言葉の中に詰まっている小さな物語を味わいながら一つ一つに浸る。それが一番気持ちのいい読み方なんじゃないかなんて思った。
「世界はひとりの、一度きりの人生の集まりにすぎない。」は、新しい本の読み方と、不思議な世界への入り方を教えてくれるような本でした。
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