殻を出るまで、もう少し。
うん、いい感じな気がする。
きっと、もう少しだ。
今日ふとそう思った。
何がもう少しなのか。言葉にするのは少し難しい。
私はここしばらく言葉にできない何かにとても心を持ってかれている気がする。それは膜のような、殻のような、私を覆う何か。その「何か」は私を守ってくれているようではあるけれど、中にいるのはすこぶる居心地が悪い。
不安や疲労、鬱屈とした気持ちが滞留していて、とてもじゃないがその中にいても心安らかには過ごせない。
ほらご機嫌ご機嫌、ハッピーマインドでしょ?まずは自分から笑え!と呪文のように、脅しのように唱えるも、マイナスをゼロにできるかどうかで精一杯だ。
なぜそんな殻ができてしまったというのか。そしてなぜその中にいるのか。
それは"向こう側"がきっともっと悲惨だからだ。
せめて一層フィルターを設けていないととてもじゃないけど耐えられない。だから、それに汚染されないようにといつのまにか私は殻を作った。
さて、そんなリスクヘッジの避難所の殻の中は安心で快適だろうか。
残念ながらそういうわけでもない。僅かな安寧があるものの身動きが取れない、窮屈で実に生産性のないただの逃げ場である。
フラットかつニュートラルでいられることが自分は好きなのだと思っていたけれど、どうやら私は大人しく、波風立てずにと自分を殺して平坦にならすのは嫌みたい。
ひたすらに何も感じないように生きれば、大丈夫だと思ってた?
いや、思ってないよな。そうだった、最初からそんなこと思ってない。っていうか、私の思うフラットとかニュートラルってそういうことじゃない。
私は温和な平和主義じゃない。
どちらかというと過激派のご機嫌主義だ。もちろん人に対してじゃなくて自分の中でね。
大丈夫、きっともう少し。
怖がらずに、サボらずに、心のままに。そして人も自分も傷つけずに。もっと貪欲にウキウキに向かっていこう。
なるべく息を潜めて麻痺するまで耐え、人生が面白くないまま愛想笑いと苦笑いにまみれて死ぬなんてごめんだ。
殻よ、教えてくれてありがとう。
もうすぐきっと、お前を破る。