コロナとフェルマータ
「ミナ。ミーナ?」
はっとしてミナが顔を上げると、ルカが心配そうに覗き込んでいた。
「あ、ごめん。なに?」
「ミナ...最近疲れてるね。どうしたの?」
「うーん、ちょっと寝不足かも。仕事が忙しくて」
そう言いながらすぐにまた目を落とし、ミナはキーボードを叩き出す。
「そう、大変だね。コーヒーでも淹れようか?」
「ううん、いい。私今、カフェインやめてるの」
「え?どうして?」
「睡眠の質もよくなるっていうし、まぁ体質改善的な?」
「へぇそっか。じゃあコーヒーの代わりに、今夜仕事が終わったら飲みに行くのはどう?気晴らしにさ」
「ごめん...お酒もやめてるんだよね」
「えぇ?...どうしてそんなに色々やめてるのさ?」
「なんでってことはないんだけど...なんか最近色々上手くいってない気がするから。とりあえず目についた気になったもの、やめてみてるの」
「...ねぇミーナ。あのね、もっとフェルマータでいいんじゃない?」
「フェルマータ?ってなんだっけ。なんか音楽の用語?」
「そう、フェルマータはイタリア語で止まるとかバス停の意味だけど。音楽だと"程よく伸ばす、程よく止まる"って意味だよ。まぁイタリアでは音楽のフェルマータはコロナって呼ぶんだけどね。ミーナは今色々がんばってストップし過ぎだよ。もっと程よくでいいんじゃない?」
ミナはやっとパソコンから目を離すと、ちょっと困ったように言った。
「程よくって、どれくらい?」
「決まりはないよ。ミナが調子を整えようと努力してるのは素敵なことだと思うけど、そんなに無理して全部ストップしなくても、自由に、程よくでいいんじゃないかな。仕事だってそうだよ」
「わかってるけど...。自由って言われても、よくわからない」
「大丈夫。ね、ミーーーーーーナ?」
そう言ってルカは言葉を伸ばした分と同じ長さだけぎゅーっとミナを抱きしめた。
「今のも、フェルマータ?」
「そう。自由に程よくミナをフェルマータした」
「ふふ。...ねぇルカ、いつもありがとう」
「何が?」
何に対してありがとうと言われたのか全くわからないという調子で、ルカがきょとんとする。その顔を見て、ミナが言った。
「...よし!これ終わったら、やっぱり飲みに行こう!」
「えっほんと?でもアルコールもやめてたんでしょ?無理してない?」
「だって、フェルマータはコロナなんでしょ?じゃあ、コロナビール飲みに行こう。私、今日はメキシカンが食べたい」
「OK!じゃあミーナが頑張ってる間に、いいお店を探しておくよ」
「ふふ、ありがとう。ルーカ」