【風呂酒日和:番外編1】 さやの湯処
今日は自分を労ると決めた。
ちょっと贅沢して思いっきり甘やかす。
私には銭湯仲間がいる。
彼女とは波長がよく合い、今日は飲みたい!と思えば、一緒に美味しい店を探し、今日は何も考えずにカラオケでも行って思いっきり歌いたいと思えば一緒に歌い、何もしたくない、ただお湯に浸かりたいと思えば一緒に銭湯に行く。
私たちはお気に入りの居酒屋もカラオケも銭湯も二人でここだよねという"定番"も持っていたが、今日の私達はいつもの動きではなく、ちょっと足を伸ばしてでも思いっきり癒やされたかった。
初めて行ったその施設は温泉はもちろん、岩盤浴やマッサージ、お食事処まで備わっているいわゆるスーパー銭湯のような場所だ。
普段はさびれた人のいない銭湯(失礼)を好む私だったが、今日はその十分過ぎるくらいの充実した設備を欲していた。
コンビニに寄って水を買い、駅からちょっと歩く。
道中、他愛のない話や仕事の愚痴、この先の人生の話など、ぽんぽんと会話は色々な方向に飛びながらも2人とも何ら不思議なく話す。
くだらないことから真剣な話まで自然と話せるこの距離感が嬉しい。
入館し、まずはマッサージを予約してから温泉へ向かう。
休日だけあってなかなか盛況している。家族連れも多い。
人の居ないお湯場を選びながら順々に入っていく。
内風呂は人が多かったので、私たちはさっそく露天風呂に行くことにした。
温まりに来たというのに寒い寒いと言いながら、避難するかのように熱い湯に入る。
全身が浸かると自然と溢れる深い幸せの溜息に、日本人であることを実感したりする。お風呂に浸かってつく溜息ほど幸せな吐息はない。
勢いのある泡、少しピリピリとする源泉、ちゃぷちゃぷと浮遊感のある寝湯。全てが私たちを全力でいたわってくれ、初めて来たのに「そうそう、これこれ」なんて言って気分は常連である。
ひとしきりお風呂を満喫してから、予約をしていたマッサージへ。
各々好みで予約したマッサージ。
私は揉みほぐし、彼女はアロマテラピーを選んだ。
一旦解散し、しばし一人で揉まれる体との対話をする。
あぁ、やっぱり最近腰が痛いと思っていた。
押されて感じる鈍痛。日々の疲労の塊がそこにいる。
半分寝ているような気分になって、読んだこともない不思議な物語などが頭にちらつきながらまどろむ。
マッサージが終了し、再び集合した私たちは岩盤浴へ向かった。
じんわりと流れていく汗を感じながら、修行のようで且つ何か良いことをしているような気になる岩盤浴。
一体誰がこんな熱くて硬い石の上で、しばらく寝転ぼうと最初に考えたのだろう。不思議ながらも確かに軽くなった体を実感し、発案者に感謝したくなる。
さて、ここを出てからどこかで軽く飲もうか、なんて言っていたのだが、少し小腹が空いてきてしまった。
ここには食事処もある。どうしようか、と考える私たち。
なんとなく2人の共通認識として、こういうところの食事はまずくはないけどそれなりの値段で特別美味しいわけでもない、みたいなイメージがあった。スキー場のレストランみたいな印象だ。
しかし空腹には逆らえない。
まぁ、ちょっとだけ何か軽いものでもつまもうかなんて言って私たちは食事処へ向かう。
メニューを眺めてから目を見合わせる。
おそらく思ったことは同じだ。
どうしよう、どれも美味しそう。もうすでに宴会を始めたい。
価格も想像していたよりも良心的だ。
「いや、軽く、軽くね?」
今一度温度感を確かめる彼女。こくこくと頷く私。
定食、丼もの、そばセットなどのごはんものから、揚げ物、刺し身、スピードメニューなどおつまみも豊富だ。
誘惑に負けそうになりながらも私たちは「軽く、軽く...」と呪文のように呟きながら迷った挙げ句、鯵のなめろうと源泉玉子、鴨せいろを頼んだ。
温泉玉子は1つずつ、あとは2人でシェアしようと決める。
彼女は生ビール、私はハイボールを頼んで、プチ宴の準備が整ったテーブルで乾杯。
勝手に持っていた先入観を覆す料理の美味しさに、私たちはほくほくと無言で微笑み合う。
「はぁ。今全力で癒やされてるわ、私」
「いいね、なんかちょっと小旅行にでも来たような感じだね」
「早く、ほんとの旅行も行きたいね」
そんなことを話しながら仲良く交互になめろうとせいろに手を伸ばす。
最後にもう一度お湯に浸かって、堪能しきった私たちは帰り支度を始めた。
まだまだ居座りたい気持ちはありつつも、私たちにはこれから彼女の家に一緒に帰って、垂れ流して見るような適当な映画を眺めながら、ゴロゴロして飲み直すという重要なタスクが残っている。
鏡に映る私は、来たときよりも5倍も10倍も生き生きとしていた。
色々とデトックスされ、心なしかちょっと可愛く見える気もする。
事実はさておき自分にはそう見えるので、全力でそれを信じることにする。
ちょっと遠いなんて思った駅までの道も、すっかり軽くなった体には良い散歩道だ。
いつもと違う知らないこの道が、ここ1年あまり我慢している旅行欲をちょっとだけ満たしてくれるような、ワクワクした気持ちにさせてくれた。
ちょうどよい友人と、ちょうどよいはしゃぎ方で、ちょうどよい休日。
ちょうどよすぎて写真を撮るのすら忘れて満喫してしまった。
家でゴロゴロと何もしない休日も大好きだが、"休む"を全力で行うために外に出るのもとても有意義だ。
そんななんでもない、特別な休日。
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