信州の直売所
信州の直売所に並ぶリンゴの表面に黒い小さな傷を見とがめた私に、おじさんがいいます。「その傷は、甘さの印なんだよ」と。
「リンゴはね、傷ができるとエチレンを出すの。そうすることで早く熟して、おいしくなるんだ」。おじさんは、少し学者めいた面持ちで私に説明します。
「傷付くことでおいしくなる」。私は1人、心の中で復唱します。人にいえない生傷を抱えて旅に出た私に、おじさんの言葉は、何らかの啓示を与えました。
それに励まされた私は、1袋を買い求め、家路に就きました。「でもあれは、傷物を売り付けるための営業トークだったんじゃないか」と少し疑ってもいます。
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