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パートナーは双極症【弱い私と子宮の答え合わせ】

ユキが亡くなって四十九日も過ぎ、緊張状態から抜けた途端、心と身体の反応が毎日バラバラになっていた。パニック症状が出る日・今日は動けそう!と思うと身体が言うことをきかない日・身体はいい感じなのに、気持ちがついていかない日。そんな毎日の繰り返し。





心身が追いつかないのはわかっていたけれど、ユキが亡くなくなってから生理もストップして(元から生理不順で年に2回くらいしかなかったのが、ユキと過ごすようになってから2ヶ月に1回来るようになっていた)、私の子宮はどんな感じ?と気になり、めいこさんのライブリーディングに参加した。




「彼と初めて会った時に既に子宮ちゃんは彼を捉えていたみたいだけど、何かそういう感覚ありませんでした?」とめいこさんからの問いかけ。




私が覚えているのは頭が危険危険危険!と黄色信号を出している記憶。彼がいるのはわかっていながら、その場を離れることが何度かあり、3回目くらいで初めて言葉を交わした。私の子宮は頭とは反対の反応をして、もう顔を合わす前、ユキが同じ空間に入った時には彼を捉えていた。






そして、私の子宮はユキに子どもを与えたかった。私の子宮を通してユキに子どもを与えることができたら何か彼の希望になるのではないか、と。もしかしたら救えたのではないか。だから、私にしては順調に2ヶ月に1回というペースで生理が来ていた、と。







「子どもを与えたい」








その感覚は子宮だけでなく、私自身も感じていたこと。まるで答え合わせのようだった。




そうだよね、子宮も私もそうだったんだよね。と一致していく感覚。









動物や子どもへの眼差しが、寂しげで優しかったユキ。歩き始めたくらいの子を眺めたり、声をかけたりしているユキを見て「子どもを与えたい」そんな感覚が湧き上がっていたのを思い出す。



大人やクライアントさんと接するユキは沢山の鎧や仮面が必要だったけれど、小さな子どもや動物に触れる時は、優しい風のようにまっさらな状態だった。そんな時間をたくさんユキに与えてあげたかった。



「子どもができたら大切に育てよう」ユキからそんな言葉が溢れて、独りよがりの想いではなかった、と私は馬鹿みたいにその未来を願った。馬鹿でよかった、間違いでもよかった。




当時の想い、交わした言葉、成し得なかった願い、現実が交錯して涙が溢れる。




私の子宮はめいこさんを通して、更にメッセージをくれた。










『もう責めるのを止めよう。このままだと、どれだけ彼に愛で向かい合っていたか忘れちゃう。もう十分。十分やった。私たち(頭・ハート・子宮)は彼を愛した』



この子宮ちゃんの想いに寄り添ってあげていい、とめいこさんが後押ししてくれた。



後悔や罪悪感も、頭ではいらないと知っている。湧き上がるたびに、解く。でも辛過ぎて全てに蓋をしてしまいそうになる。








ないものにしなくていい。
否定しなくていい。
感じていい。








弱い私は

弱いまま精一杯、彼を愛した。









不完全な私は

そのまま体当たりすることを選んだ。






それしかできなかった。




「彼に子どもを与えたかった」






「彼の子どもを産みたかった」






「最後の最後まで愛し尽くして、今も愛している」












現実や事実を見つめて抵抗する私

抱きしめていいと嬉しくて涙する私













矛盾を抱えたまま





私の真ん中に小さく火が灯った気がした。













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