読解と現代社会への適用シリーズ001 ヴァルター・ベンヤミン「複製技術の時代における芸術作品」
(このシリーズでは、今なお我々に影響を与えていると思われる歴史的著作を読解し、その主要な論点などを検討・整理しつつ、特に現代日本社会を中心に適用した場合や関連するさまざまな事項について論ずる)
ベンヤミンがはたして一般大衆が高精度の複製技術を容易に使用可能な複製技術氾濫時代を想定していたのかは知らないが、「アウラ」という概念のポイントは「礼拝的価値」と「一回性」である。
アウラの定義は「どんなに近くにあっても遠い遥けさを思わせる一回かぎりの現象」であるから、「遥けさ」が礼拝的価値であり「近よりがたさ」であるゆえに一種の「神々しさ」と言い換えても構わないものとし、「ほんもの」は複製されえないという観念の基に手工的複製を退けつつ「実質的な古さ」「芸術の真正性」そして「神々しさ」を機能として利用するとも捉えられる「儀式性」を芸術作品の比類ない価値としたとき、アウラの喪失は重大事に思われる。
「礼拝的価値」「神々しさ」について。神聖さを感じさせる作品を想定したとき、何かしらの技巧を備えているだろうことは疑いえない。ゆえに「神々しさ」を感じさせる儀式に利用されるような作品には高レベルの技術が用いられており、ただの、単なる「一回性」が「礼拝的価値」を生じさせるのではない。
「一回性」について。舞台俳優が演じる際のアウラはその俳優の芸術性・技術的訓練による表現能力と無関係ではない(もしそうならなぜ技術のない素人ではいけないのか)。「いま」「ここに」あるという「一回性」は、なんでもよいからただひとつのなにかがあればよいというものではない。
神々しさを感じさせるほどの素晴らしい技術によって制作されたただひとつの芸術作品がたった今この場所にだけ存在する。そのような状況は、たしかに希少な機会となった。
高い技術を持った舞台俳優が神々しさを感じさせる芸術作品と同列に語られている。高い技術はかならずしも手に入れられないが、一回性を手にすることはたやすい。そして現代は高度な複製技術が安価かつ容易に入手でき、人間の生はただ一度きりだ。つまり、たった一度きりの自分の人生が芸術作品のように素晴らしくはない一回にすぎず、その一回をやり直すことができない以上少しはましにしようとするあまりに複製技術を利用する者が現れる。
一回性が素晴らしいとは限らない。唯一無二のその一回が凡庸なものであったとき、それに衝撃を受けずにいられようか。優れた人間を見たとき、唯一無二のその「特別な一回性」を手にした者に対して、虚心でいられようか。
自らの人生が「凡庸な一回性」しか持たないことに対する不満とその否定が、現代情報社会の高度な複製技術を卑劣な形で行使させる。あるいは「特別な一回性」を保持すると見せかける為に、芸術性・芸術作品・それに類する技術的要素を仮構する。それは剽窃・倫理の歪曲・目眩まし・強弁などの形をとって現れる。
制作物に神々しさを宿らせるほどの技巧を身につける困難が別の形で一回性に縋る現象を生み出す。それをひとつしか作らず、それがいかに素晴らしいものかを述べ立てること。無論、世界にただひとつの凡庸な作品が能書き程度で特別性を得ることはない。
技術のない一回性は(少なくとも)当事者の失望を生む。しかし卑劣な取り繕いは鑑賞者の怒りを買う。
受容理論になぞらえれば、作品内にアウラはない。作品内にあるのは受容者にアウラを感じさせる「トリガー」であり、アウラは個々の受容者の感じ方である。どのような特質の受容者群にアウラを感じさせるトリガーを仕込んでいるか、によって、作品を評価するひとつの軸が形成可能であろう。
(ベンヤミンは、アウラのない作品を鑑賞する姿勢を、集中を必要としない、緩慢な試験官の姿勢と断じるが、筆者はそのような態度を取らない。メディア固有性とも関連するが、個別の鑑賞態度は一様ではないという立場を取る)
「芸術の世俗化につれて」「厳密性が礼拝的価値にとってかわる」。ベンヤミンは「芸術鑑賞にさいしての作品評価の厳密性という観念の重要性」にも触れている。作品評価の厳密性が高まるという現象のためには作品自体の構成の厳密性が高いことが望ましかろうから、芸術が世俗化した時代において作者に要求されるのは「厳密さを高める構成力」だろう。
当然、鑑賞者の側には「厳密な構成を評価するための理解力」が求められるが、1936年にこの論文が書かれて以後の批評はといえば、構造主義、受容理論、ポスト構造主義はともかく(大いに疑問のある部分は残るもののともかくとする)、テクスト論や解釈学に走った点では厳密性を追求する役には立たなかったと言う他ない。
稠密な作者論や伝記的批評は必然的に少なく、かつ作品内的な批評を充実させるには至らず、そして作品外的な部分を含むコンテクストをも視野に入れたものとなればまたさらに希少とならざるを得ず、評価するための要件をすべて満たす方法論を構築し実行するにはこれからの新たな試みが必要だろう。
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