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第11話「俺に合わせろ」(策謀篇・6) 西尾維新を読むことのホラーとサスペンス、ニンジャスレイヤー、そして批評家の立場と姿勢の話
前回はこちら。
(ご注意・画像と本文は一切関係ありません。また、登場人物や組織の実名は伏せられている場合があります。そして、明かしづらい内容は不明瞭な表現となっている場合があります)
(これまでのあらすじ・男が語る過去。それは地雷でしかないと判明したある人物との驚愕のやりとりであった)
一晩歩いて怒りを冷ましながら思考を巡らし、その後の方針を練る。「過渡期の人」(仮称)は僕に対して特別好条件を提示する用意もなく、それこそ「洗脳」し、隷属させようとしているのは明らかだ。今回関係を断ち切ったのも、こいつなら自分に縋りついてきて喜んで弟子になるはず、という過渡期の人(地雷)の都合の良い思い込みが根底にあってのことだろう。そうでなければあれだけやらかしておいて尚信用を失っていないなどという自信を持つはずがない。
彼は根本的に、認識を誤っている。
そもそも僕は彼に師事するつもりも弟子になるつもりもない。特に洗脳発言後、業務上の上下関係以上の密接な関係構築はほとんど自殺行為だとまで考えるようになっている。ただ経路として当てにしていたので好意的になるよう振る舞っていたが(まさかネット越しに相手の人格がすべて把握できると勘違いしていたわけでもあるまい)、文書が希望通りに扱われないのであれば僕としては他所を頼るまでだ。最初からそのつもりであったように。
そういったドライさが通じてなかったのだろうか。彼は自分がただのひとつの候補、唯一のではなく最初の候補に過ぎず、掴みそこなえばそっぽを向かれて2度とチャンスは巡ってこない、そういうシビアさが伝わってなかったのだろうか。大体、目の前にいる相手の提案や希望、プラン、展望などを聴取するつもりが彼にあったのだろうか。すべて思い込みを元に計画し、判断し、行動してしまったのではないだろうか。
しかしとりあえず、これで誰が何と言おうと言質は取った。文書の扱いに関して拒否の意志を示した以上、僕が「九龍」(仮称)から距離を取ることになったとしても、理はこちらにある。そもそも決裂は想定されたシナリオのひとつなのだから、プランBに移るまでだ(当時はプランFくらいまで考えていたと記憶している)。とはいえ実体としてはプランBの時点でかなり厳しいのだが洗脳発言以降背に腹は代えられないというか文書が無事希望通りの効果を発揮したところで奴隷化して魂が死んでしまったらその後の人生全てが台無しになる。
彼は思い込みが激しく、是正が期待される状況を自ら嫌い、最早改善の見込みはない。その傘下で僕が生き生きと活動するなどありえない。待遇は最悪を極め、既にあるアイディアも形にならずに終わるだろう。強いて留まるべき要因はなく、いち早く離れるべきだとしか思えない。そして事実、彼はその視野狭窄に陥ったままで変更不可能な唯一のプランを更に推し進め、僕が九龍関連施設に通い詰めになるよう仕掛けてきているのだ。まるですべてが順調、何も問題はないかのように。驚くべき事実誤認、恐ろしい盲信である。
しかしながら、賢明なる読者諸氏にはご記憶のように、僕は彼に「出来れば3度ほど会って印象を確かめたい」という方針があった。その方針は内心のものではあったが、最終的にあやまたず実行されることとなったのである。
会見3日目は、特殊な状況下でのものとなった。背景となる状況を詳細に語る必要はあるまい。2度目の会見から約2週間後、時刻は夜10時半頃だったと記憶している。その日は施設を早めに閉じるようで、他の来訪者達をまとめて彼自身が自ら見送り、戻ってくるところを捕まえることに成功した(施設スタッフには「どうしても過渡期の人(地雷)にご相談したい事があるので……」と無理にお願いして見逃してもらった)。
わざわざそんなことをしたのには理由がある。
会見初日、性に関する話題同様、不自然に引き延ばされた話題がもうひとつあった。過渡期の人(地雷)がこれもまた脈絡なく唐突に荻上チキ(実名)や古市憲寿(実名)をdisりはじめたのだ。出し抜けに始まった若手論壇人disに周囲は苦笑いで合わせつつも、その話題が妙にしつこく続いたので、これはもしや僕に坂上秋成(実名)にパクられていることや宇野常寛(実名)の『リトル・ピープルの時代』の第3章の叩き台にされたことを持ち出させたいのか、と察しはしたものの、馴染みの場所でもなくまして初対面の著名人相手にいきなりパクリ問題を暴露するという流れはちょっといただけないというだけでなく、そもそもその手のパクり追及自体にそこまで強烈な効果が望めるとは思っておらず、とはいえ泣き寝入りするつもりも毛頭なく、追及し続けているという事実を揺るぎないものとして記録に残すことが最大限の重要さなのであって、ゆえにその場ではパクりの話題は持ち出さず、
「荻上チキって、『局アナにならずにいきなりフリーになった』みたいなイメージなんですよね」
と話を転がす手に出たところ、
「あー、滑舌もちゃんとしてないみたいな」
違う。局アナが番組で専門家から耳学問で時間をかけて教養を深め、フリーに転身しメイン司会になる頃にはかなり広い見識を持つようになる、というルートを荻上は通らず、自ら勉学に励むことで早期にメイン司会としての力をつけ番組を仕切るポジションについた、という意図だ(それにしてもアナウンサー=滑舌とは想像力が貧困というか形式的解釈に終始するというか、あまり経験や実際に重きを置いていないと思える発想だ。ラジオ番組を聴き込んだりしたことのないタイプなのだろうか)。変らずそのままパクりの話題は出さずにいると、彼は頭を抱えている風に、目をきつく閉じて斜め上を見上げるような角度で「違うなー、違うんだよー」と独り言にしてはわりかしはっきりと聞こえるように言い、「ちょっとトイレ行ってくる」と席を外した。
確かに違ったんだと思う。何故なら、これこそが会見3日目の「どうしてもご相談したい事」であるから。そしてここから、それがどのように違ったのかを記述することにする。
かいつまんで説明すると、僕が言ったのはこうだ。
「宇野や坂上にパクられて困ってるんですが、編集者や出版社に知り合いもいないんですよ(どうしたらいいでしょうか)」
彼は笑顔でこう返した。
「君の言いたいことはわかった。だが俺には何もできない」
食い気味だった。「どうしたらいいでしょうか」という相談の形式が打ち消されてしまい、何故か「貴方のお力でなんとかなりませんでしょうか」という陳情の体にすり変わってしまったかのようであった。彼は続ける。
「そういうことはよくあることだ。君の事を知る人が増えれば自然とそういうときに味方になってくれる人も出てくるだろう」
「つまり読者を増やせということですか」
「そういうことだ」
「そのために文書を書いたんですけど……」
「はっはっは。……ほら、片づけとかあるから」
僕の横から腕を回して出口へとうながす。彼から(つまり彼の肉声で直接僕自身に向けて発せられたという意味で)の最後の言葉は「デビュー待ってるよ」だった。
(第12話に続く)
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