継体天皇の考察⑥（近江の豪族）

　継体天皇の父方は息長氏の後裔で、継体の曾祖父であり、応神天皇の孫である意富富等王まで近江国坂田郡を本拠地としていた可能性が高いことがわかりました。継体の母方の三国氏がそうであったように、父方の息長氏も天武天皇が制定した八色の姓において「真人」の姓を与えられた氏族です。三国氏、息長氏ともに意富富等王を先祖としますが、古事記が記す同祖の氏族はほかに波多君・坂田酒人君・山道君・筑紫之末多君・布勢君がいて、このうち坂田酒人氏（あるいは坂田氏と酒人氏）、山道氏が「真人」を与えられています。

　さて、息長氏の本拠地である琵琶湖東岸の湖北地方には多数の古墳があります。ここでは長浜市と米原市にまたがる横山丘陵の北端周辺に位置する長浜古墳群と、丘陵南端周辺に位置する息長古墳群について確認してみます。

　長浜古墳群には長浜茶臼山古墳をはじめとする数十基の古墳があり、古墳群の最盛期は5世紀と考えられています。丘陵北端に築かれた長浜茶臼山古墳は全長92ｍの前方後円墳で築造時期は4世紀後半とも5世紀前葉とも言われています。また、丘陵の西側１キロほどのところにある丸岡塚古墳は前方部がすでに失われていますが全長が130ｍに復元しうることが明らかになった湖北最大の前方後円墳で5世紀中頃の築造とされます。丘陵東麓には第30代敏達天皇の皇后である息長広媛の陵墓として宮内庁が管理する村居田古墳があります。墳丘の多くが失われているために墳形や規模に諸説あるのですが、全長100ｍを超える前方後円墳で5世紀中葉から後半の築造と考えられます。さらに丘陵西麓には応神天皇の皇子である稚野毛二派皇子の墓とされる全長50数ｍ、5世紀後半の前方後方墳とされる垣籠古墳があります。

　長浜茶臼山古墳（4世紀後半または5世紀前葉）前方後円墳・全長92ｍ
　丸岡塚古墳（5世紀中頃）前方後円墳・全長130ｍ
　村居田古墳（5世紀中葉から後半）前方後円墳・全長100ｍ超
　垣籠古墳（5世紀後半）前方後方墳・全長50数ｍ

　このように長浜古墳群では少なくとも5世紀の100年間に数十ｍから100ｍを超える規模の前方後円墳あるいは前方後方墳が継続的に築造されていることがわかっています。

　次に横山丘陵の南側に位置する息長古墳群を見てみます。こちらは長浜古墳群が最盛期を終えたあとの6世紀に入ってから最盛期を迎えるのです。丘陵南西端の北陸自動車道沿いに位置する後別当古墳は全長が50ｍ余りの帆立貝型の前方後円墳で5世紀後半の築造とされています。そこから真南に500ｍのところにある全長40ｍ余りの塚の越古墳は5世紀末から6世紀初頭の築造とされる前方後円墳です。盗掘を受けていますが、鏡1面、金銅製装身具の残片をはじめ、馬具、金環、ガラス製勾玉、管玉、丸玉、切子玉など豪華な副葬品が確認されています。その塚の越古墳の東、丘陵南端の山津照神社境内にある山津照神社古墳は全長63ｍの前方後円墳で6世紀中葉の築造とされます。明治時代の社殿移設に際する参道拡幅工事で横穴式石室が発見され、3面の鏡のほか、金銅製冠の破片、馬具、鉄刀・鉄剣の残欠、水晶製三輪玉など、塚の越古墳とよく似た副葬品が見つかりました。被葬者は息長宿禰王との言い伝えが残っています。また、山津照神社由緒には「当地に在住の息長氏の崇敬殊に厚く、神功皇后は朝鮮に進出の時祈願され、帰還の際にも奉賽の祭儀をされて朝鮮国王所持の鉞（まさかり）を奉納されました。これは今もなお当社の貴重な宝物として保管してあります」と記されます。そして後別当古墳の北西、丘陵の南西端の縁にある人塚山古墳は全長58ｍの前方後円墳で6世紀後半の築造と考えられています。

　後別当古墳（5世紀後半）前方後円墳・全長50ｍ余
　塚の越古墳（5世紀末から6世紀初頭）前方後円墳・全長40ｍ余
　山津照神社古墳（6世紀中葉）前方後円墳・全長63ｍ
　人塚山古墳（6世紀後半）前方後円墳・全長58ｍ

　以上の通り、息長古墳群では長浜古墳群が最盛期を終えたあとの5世紀後半から6世紀後半の100年間にわたり、数十ｍ規模の前方後円墳が継続的に築かれています。

　ふたつの古墳群の盛衰から、5世紀に姉川流域を中心に栄えて長浜古墳群を築いた勢力と、6世紀に入って天野川流域で栄えて息長古墳群を築いた勢力があったと考えられます。息長古墳群については、息長の地名や山津照神社に残る由緒・伝承なども併せて考えると息長氏の墓域と考えて差し支えないと思いますが、そうすると長浜古墳群はもう一方の坂田氏（あるいは坂田酒人氏）ということになるのでしょうか。

　なお、塚の越古墳や山津照神社古墳の副葬品として出土した金銅製装身具や馬具などの存在はこの地域の首長が朝鮮半島と交流していたことを示すものと考えられています。また、これらは湖西地方の高島市にある6世紀前半の築造と考えられる前方後円墳、鴨稲荷山古墳の副葬品とも似ているのです。その副葬品とは、金銅製の広帯二山式冠と沓、金製耳飾り、捩じり環頭大刀・三葉文楕円形杏葉など大変豪華なものでした。

　この鴨稲荷山古墳は、継体天皇の父である彦主人王の別業があった三尾の地と考えられる安曇川町三尾里や水尾神社に極めて近い所にあります。古墳のある場所、その築造時期、豪華な副葬品などから、その被葬者を三尾氏の首長とする説が有力ですが、継体天皇の皇子である大郎子（意富富等王）を充てる説もあるようです。

　応神天皇の治世が4世紀後半から5世紀前半におさまる時期と考えると、その子である稚野毛二派皇子や孫の意富富等王あたりまでは5世紀の人物となります。そうするとこの二人は5世紀に栄えた長浜古墳群に葬られていると考えることもできます。現に5世紀後半の垣籠古墳は稚野毛二派皇子の墓と伝えられているのです。
　そして応神三世孫の乎非王や四世孫、つまり継体の父である彦主人王は5世紀後半から6世紀にかけての人物ということが言えるから、その墓を息長古墳群に求めることが可能となります。ただし、彦主人王は湖西の高嶋郡で亡くなっているので、その地に葬られている可能性が高いと考えられます。現在の滋賀県高島市安曇川町田中には、全長70ｍの帆立貝式古墳で5世紀後半の築造と推定される田中王塚古墳があり、その被葬者は彦主人王であるという伝承によって「安曇陵墓参考地」として宮内庁が管理しています。

　以下に、上宮記一云にもとづく系図を再掲しておきます。

 
　なお、このシリーズを書くにあたって幾つかの文献を参考にしていますが、最後にまとめて掲載したいと思います。