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感情移入の不思議

感情揺れたなという話

ガッキーが星野源さんと結婚してとても喜ばしいなぁと感じて、田村正和さんが亡くなってしまってとても悲しくなった最近。

会ったことも話したこともない人の人生に一喜一憂する時って、感情移入するかどうかだと思っていたけれど、逃げ恥見てないし、古畑任三郎と重なる日々を送ってないので、なんでだろと思って考える。

感情移入って、自分個人だけでなくて、自分と関係する人とか関係性ごとまるまる対象になるものだなって思った。

お子さんがいる方は、関わりない子供の悲劇にもお子さんいない人より心痛めるし。猫飼ってる人は、家猫関係ない猫の動きにより心癒されるみたいな。逃げ恥っぽい設定の友人いるし(設定だけ知ってる)、古畑さんはごく一部、父要素ある。

あとは、直接会っていなくても、自分が感動する体験をしたらその人との間に何かリンク作られる感覚もある。(スピ系ではないです。)

スティーブ・ジョブズ亡くなった時、結構凹んだんですよね、、iPhoneのプレゼン初めて見た時に相当に感動して、関わりない人に作品でなくて言葉だけで心動いたの初だったかもしれない。人格的には難を抱えていた話はあるものの。

自分にとって似た関係性の人がいる訳でもないので、あの感動体験からジョブズに多少なり感情移入するようになった仮説。

これには圧倒的な感動体験いるのでコンテンツ作りで再現するのなかなか難しい…がやりたい。

感性とはなんぞやという話

感性豊かな子を育てる、って時にアート習わせるって動きをパッと取りそうだけど、色んな人間関係持ってく方が、感性広がるのではって思ったりします。テクニックではないところで、事物やら人の背景を想像出来る力を養う感受性的な意味で。

家族以外での関係性持っていく順序って、どの家庭でも順番とか広がり方とか、大枠はそこまで大差ないような気がする。

家族親族の3〜8人から始まって、公園デビューや幼稚園保育園で友達出来て。先生生徒の関係出来たり。中高生ぐらいになれば彼女彼氏の関係やら、バイト仲間や、大学になったら行きつけの店の店長と仲良くなったり、国外に友達出来たり。だんだん広がるけど、10歳ぐらいまでテンプレ感ある。


お世話になった方で、シェアハウスでお子さん育ていて、同居人複数いた家庭があったなぁ。感性豊かそう。使用人いる家庭とかもまた違いそう。

「人ごと」を「自分ごと」に感じられるかどうかはこの辺りに何か要素あるような気がしています。感情投影できるのは自分個人の知識と体験に留まらない。

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