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あなたには、いますか?もう会えなくても、心に生き続ける人が。映画「ミッドナイトスワン」に見た光。
公開から4年越えのロングラン記録を叩き出した、
草彅剛主演の映画、「ミッドナイトスワン」。
盟友・香取慎吾をして、
「自分が演技をするのをやめようと思うくらい、
つよぽんが良かった」
と言わしめた、草彅の演技が光る名作。
誰かに愛を、まっすぐ届けられなかった人。
誰かの愛を、まっすぐ受け取れなかった人。
どちらの立場にせよ、
愛に関して不器用だった人のハートには、きっと効く。
ガラス細工のような
繊細な、繊細な、愛の物語。
孤独な二人が始めた、共同生活。
トランスジェンダーの凪沙(なぎさ)と、
そのいとこの娘、一果(いちか)。
地方暮らしの一果は母から虐待を受けており、
それを見かねた祖母の依頼で
東京に一人で暮らす、
凪沙が預かることになる。
親戚と言えど、それまであったこともなかった二人・・。
しかし、
置かれた境遇の理不尽さに怒ることも、
泣くこともなく
孤独に生きてきた、という点では似ていた。
映画では、そんな凪沙と一果が
次第に心を許し、絆を深める様子が描かれていく。
肉体は男性。・・どうすれば「母」になれる?
ミッドナイトスワンのテーマの一つが、
「トランスジェンダーと母性」。
幼く弱いものを守ろうとするとき、
人は強くなる。
凪沙は一果と出会うことで、
「どうして私だけがこんなに辛いの」
という世界から、
愛を与える側に変化していく。
その過程は、とてもほほえましく、
心に灯がともるよう。
しかし、愛情を深めた凪沙はやがて、
「母親」として一果を愛することに、
強く強く、
こだわっていく。
トランスジェンダーゆえに取った凪沙の行動は、
その後の二人の運命を、大きく変えていく・・。
批判もあった、映画の結末。
この物語の展開と結末には、批判もあったそう。
これに対し、監督の内田英治は
「この映画を娯楽映画として、
エンターティメント作品として
成立させることによって多くの人が観て、
多くの人が考えるきっかけになればいい」
「普段こういった問題に
接しない人たちにも観てもらうため、
メジャーな場で広く観てもらうことが
重要だと思いました。」
と述べている。
私自身が、監督の言う
「多くの人」であり、
「こういった問題に接しない人」。
そして、そんな私はどう感じたかというと、
涙が止まらなかった。
愛に対して、こんなに遠回りしなくてはいけないなんて。
苦しすぎるじゃないか、
ただ愛したくて、愛されたいだけなのに。
やりきれなくて、切なくて。
そんな涙だった。
それでもなお。
この映画を、私はあなたにお勧めしたい。
それは、不器用すぎる愛のやり取りの果てに
ちゃんと希望があったから、なのである。
凪沙の不器用な愛し方の裏にある思いを、
一果は繊細に感じ取り、受け止める。
そしてその愛は、一果が
前を向きて生きていく理由になったのである。
愛された記憶。
それは確実に、人の糧となり、
希望の光となるのだ。
人は去ってもなお、残された人の心の中に生き続ける。
去った人が与えた愛は、
残された人を通じて、
今を生きる人に、広く、還元される。
そこには命のループがある。
あなたには、いますか?
もう会えなくても、心に生き続ける誰かが。
「私にとっての『凪沙』って、誰だろう。」
それを考える時間をもった時。
きっと、あなたにもわかると思う。
なぜこの映画が、
4年ものロングラン上映になったのかが。
あなたも、あなただけの「凪沙」に出会えますように。
文庫版もあります。