オフィスひめの通信 48号
執筆:西澤真生(ひめのともみクリニック医師)
発行月:2015年6月
ー機能性低血糖症 精神疾患と誤診されやすい多彩な症状ー
今回は機能性低血糖症について取り上げます。機能性低血糖症は「精神症状や自律神経症状を伴う血糖調節異常」のことです。眠気や頭痛などの症状も含めれば、潜在的に機能性低血糖症を持っている方の人数はかなり多いのではないかと思います。
機能性低血糖症の症状は多彩です。
食直後または数時間後の耐えがたい眠気
動悸や冷や汗・息苦しさなどの身体症状
眼のチカチカや頭痛
イライラ感・爆発的な怒り
不安感や気分の落ち込み
不眠・朝起きられない・だるい
思考力の低下や記憶力の低下も多く見られる症状の一つです。「判断が出来ず能力が低下した感じがする」「記憶力が悪くなった」と思ったら可能性を疑いましょう。機能性低血糖症は他の疾患と間違われやすい疾患です。例えば、動悸と息苦しさが強く不安感に襲われて救急車で病院に行ったけれども検査で異常がなくパニック障害と診断されたり、不眠やだるさからうつ病と診断されたりします。「検査で異常がないから心療内科に行きなさい」と言われた時は、心療内科に行く前にぜひ低血糖症の検査をしましょう。
測定した血糖値が低くなくても機能性低血糖症である可能性があります。ですから、きちんと5時間糖負荷試験*註1で血糖やインスリン変動パターンなどを見るようにしましょう。機能性低血糖症に熟練した医師が見れば、 「異常がない」と言われた検査結果の数値にも徴候が出ていることがありますから、これまでの検査結果もぜひ持っていくとよいでしょう。
また、同じ血糖値の変動パターンでも症状が出やすい方と出にくい方がいます。機能性低血糖症は単に糖質摂取と血糖変動だけの問題ではなく、血糖調節に関わる栄養素や腸の状態、ホルモンバランスやホルモン分泌予備力が 大きく関わる複合的な病気です。治療は食事を中心に実施しますが、画一的な治療ではなく一人一人の体の状態に合わせた細かい工夫が大切です。
註1:5時間糖負荷試験とは、75gのブドウ糖液を飲んだ後、血糖値とインスリン、体温を5時間にわたって測定する検査のことです。詳しくはオフィスひめの通信47号もご覧下さい。
ー機能低血糖症に関わるホルモン カテコラミンとコルチゾールー
<血糖値を下げるホルモン>
・インスリン
<血糖値を上げるホルモン>
・アドレナリン
・ノルアドレナリン
・コルチゾール(副腎皮質ホルモン)
・成長ホルモン
・甲状腺ホルモン
血糖値を低下させるホルモンはインスリンだけですが、上昇させるホルモンはたくさんあります。また、ホルモン分泌に先だって、血糖上昇時には副交感神経が、血糖下降時には交感神経が刺激されます。機能性低血糖症による自律神経症状や精神症状は、これらのホルモンや自律神経の複雑な組み合わせで形成されます。そして症状の強さに影響するのは血糖の数値ではなく変動の速さです。
ホルモンの中ではカテコラミンに分類されるアドレナリン・ノルアドレナリンなどが最も早く発動します。
● アドレナリン:怒りや敵意、暴力などの攻撃的な感情
● ノルアドレナリン:恐怖、不安、自殺観念などの否定的な感情
交感神経の緊張とカテコラミンによる身体症状には、手足の冷え、浅い呼吸、動悸、眼の奥の痛み、筋肉の痙攣や震え、頭痛、発汗、目の前が暗くなったり光を眩しく感じたりする、などがあります。
低血糖時には、脳を守るため大脳皮質の活動が低下していますから理性による抑制力が弱くなっています。より情動的・刹那的な感情が表に出やすくなります。
繰り返し低血糖が起きるとホルモン産生器官である副腎が疲労し、さらに慢性的な低血糖症、アレルギーや原因不明の痛み、疲労感に発展します。副腎の疲労を推定する検査の一つに唾液コルチゾール日内変動という検査がありますので、以下で詳しく説明します。
※参考:柏崎良子著 『低血糖症と精神疾患治療の手引き』
ー唾液コルチゾール日内変動ー
コルチゾール(副腎皮質ホルモン)は生命維持に関わるホルモンであるため、よほど重篤な疾患を除いて血液中の濃度は維持されます。実際の働きを見るには血液中の濃度ではなく唾液中(組織や細胞レベル)の分泌量を見る必要があります。そこで副腎疲労症候群の診断のために用いられる検査が唾液コルチゾール日内変動です。
唾液は、8時・12時・16時・24時の1日4回採取します。コルチゾールは朝分泌量が多く、昼から夜にかけて低下するのが正常のパターンです。(下図参照)ホルモンのピークが昼から夕方に現れる場合、1日を通じてホルモン分泌が平坦な場合、ホルモン値が正常でも疲労感が強い場合には、副腎疲労症候群を疑って早めに治療をすることが大切です。
※刊行当時の内容のまま掲載しているため、現在の状況とは異なる記述もあります。