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オフィスひめの通信 74号

―ピロリ菌は万病のもと― 

 ピロリ菌が胃がんのリスクを高めるというのはかなり認知されるようになってきました。胃潰瘍や十二指腸潰瘍もピロリ菌をみつけて除菌すると治るということも知っていると思います。一方、無症状の方はピロリ菌がいないと思い込んでいないでしょうか。一昔前は70%もの方がピロリ菌を持っていました。水道水の普及やピロリ菌の除菌によって若い人の感染率はかなり減って10%程度になってきているようです。それでも両親のどちらかがピロリ菌に感染していた場合、ピロリ菌の感染率が高くなります。自分は無関係と思わずにピロリ菌のチェックをしてみましょう。というのも、ピロリ菌の感染は胃以外にもたくさんの疾患に関連しているからです。
 ピロリ菌が関連していると考えられている疾患は、萎縮性胃炎、胃潰瘍、十二指腸潰瘍、機能性ディスペプシア、胃がん、胃MALTリンパ腫などの胃の疾患、特発性血小板減少性紫斑病、虚血性心疾患、脳血管障害、慢性蕁麻疹、自己免疫疾患など多岐にわたります。なぜこんなに多くの疾患に関係するかというと、毒素を細胞内に注入したり周辺にまき散らしたりするからです。ピロリ菌の毒素は慢性的な炎症を惹起したり、異常な免疫活性を起こしたりします。細胞内に注入された毒素は複数の経路で細胞増殖を促進したり、がんを抑制する機構を働けなくしたりします。ピロリ菌が住んでいる胃ではビタミンCの濃度が大きく低下します。萎縮性胃炎が進んでしまった人でも、ピロリ菌の除菌はがん化のリスクを少しでも下げるために意味があると考えられています。
 ピロリ菌は自分が住みやすいように胃酸を中和する働きを持っています。さらに周辺の細胞を腸粘膜に似た性質に変えていって胃酸や消化酵素の分泌を減らします。このような変化はSIBO(小腸内細菌異常増殖症)の原因になるので、SIBOかなと思ったら必ずピロリ菌のチェックをしましょう。ピロリ菌感染によって胃酸や消化酵素の分泌が減少すると、口腔内から入った菌を胃でしっかり死滅させることが出来ず、小腸上部の細菌増殖の原因となります。胃はたんぱくの消化に重要な働きをしているため、消化酵素の分泌低下はたんぱく質の消化不良につながり腸内の未消化物を増やします。小腸に過剰に存在する菌が未消化物をエサにさらに増殖します。
ピロリ菌の検査には胃カメラによる培養や組織検査、ウレアーゼ呼気試験、ピロリ菌抗体検査などがあります。ただ、これらの検査でも見つからないピロリ菌感染が一定程度存在します。ピロリ菌はバイオフィルムを形成しやすく、除菌をして陰性と判定されても潜在的に生息し続ける場合もあります。便中の遺伝子を検査するGI-MAP検査は、ピロリ菌検出の感度がよく、これらの潜在的なピロリ菌感染を見つけることが出来ます。GI-MAP検査ではピロリ菌の抗生物質感受性や保有する毒素遺伝子も検出してくれます。胃もたれが続く方、SIBOが治らない方は一度検査をしてみましょう。またピロリ菌を除菌した後も定期的な胃がんのチェックを忘れずにお願いします。

―実は胃酸が少ない?あなたの治療はあっていますか―

 胃の調子が悪い時、皆さんはどのような胃薬を飲んでいますか。「胃酸の分泌が少ない方が胃酸を抑える薬を長期間にわたって飲んでいる」というのは、実際によくある笑えない話です。胃酸が出ているかを見極める簡便な方法はペプシノーゲンセットという血液検査です。ペプシノーゲンIは胃酸と胃の消化酵素の分泌を、ペプシノーゲンI Iは胃粘膜の萎縮の程度をあらわします。ペプシノーゲンIが低い方は胃酸を出す能力が低いことを意味します。胃粘膜の萎縮が進むとペプシノーゲンI Iが上昇します。
 この検査は、プロトンポンプ阻害薬(PPI)を服用している場合にはどちらも高値になります。正しい数値を知るためには薬剤を中止して一定程度時間が経ってから検査してください。喫煙者はペプシノーゲンIが上昇しやすく、飲酒者ではペプシノーゲンI Iが低くなりやすいので注意が必要です。
 低酸の状態が長く続くと栄養欠乏につながります。胃の消化酵素ペプシンは胃酸によって酵素活性のある形に変わるため、低酸はたんぱく質の消化不良につながります。鉄やカルシウムも胃酸が少ないと吸収率が低くなります。低酸の方は胃酸を抑える薬ではなく消化酵素の方が役立つかもしれません。
 ストレスはヒスタミンの生合成を促進し胃酸の分泌を促進させます。副腎皮質ホルモンの過剰分泌も胃酸分泌促進と胃粘液分泌の低下を招きます。やはりストレスの軽減はとても大切ですね。胃の働きをよくするため、食事の時はリラックスしていただきましょう。胸やけの症状が強い場合には、内臓脂肪増加による腹圧の上昇、食べてから寝るまでの時間が短いこと、お酒の飲みすぎ、炭水化物に偏った食事、不規則な食事時間などが原因になっている場合が多いので、まずは生活習慣を見直しましょう。
 胃粘膜の改善に役立つ栄養素にはグルタミンやビタミンAなどがあります。自分の状態に合わせた治療を選択していきましょう。


―ビタミンAをもっと有効活用しよう―

 ビタミンDのサプリメントを摂っているという方が最近急速に増えていると思います。では、ビタミンAはどうでしょう。今回はビタミンDと関連して働くビタミンAについて皆様にお伝えしようと思います。
 ビタミンAやDの活性型は、核内にある受容体に結合し遺伝子に働きかけて発現(遺伝子から目的のたんぱく質を作ること)を調節します。ビタミンA受容体やビタミンD受容体は甲状腺ホルモンや副腎皮質ホルモンの受容体と共通の構造を持っているため「核内受容体スーパーファミリー」と呼ばれています。これらがホモダイマー(同じものが二つ結合する)やヘテロダイマー(違うものが結合する)を形成して相互に関連しあいながら発現を調節しています。したがって、どれか一つでも足りなくなると調節バランスが崩れてしまう可能性があるのです。
 もともとビタミンAは眼球乾燥症の改善や視細胞の明暗の識別をになうビタミンとして発見されましたが、レチノイン酸というビタミンAの活性型が核内受容体に結合することが解明され、細胞の分化・増殖の調節、精子や胎盤形成、腸管免疫やホーミングと呼ばれる免疫監視機構などに関与していることが判明し重要性が再認識されました。
 ビタミンAの重要性がわかったところで、ビタミンAは脂溶性ビタミンなので過剰症を起こしやすいのではないかという誤解を解いておきたいと思います。ビタミンAの吸収貯蔵運搬は厳密な制御を受けています。貯蔵する時にはエステル型という無害な形になり肝臓のstellate cell(星細胞)や脂肪組織、消化管、肺、腎臓などに存在する貯蔵細胞に貯蔵されます。血液中を運搬される時や細胞内に入って活性化されている時にもたんぱく質に結合し、作用が終わればすぐに効力のない形に変えられます。なお、薬のレチノイン酸誘導体は壊れにくいため過剰症があり得ますのでご注意ください。摂取する時は必ず「天然の前駆体(クルードなプレカーサー)」の形で口から摂取しましょう。


執筆:西澤真生(ひめのともみクリニック医師)
発行月:2023年12月


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