#36 ゆびわ
「あ、ゆっくん!来てくれたんだ。久しぶりだね。」
『久しぶり。綺麗になったな。佳奈、おめでとう。』
幼馴染である佳奈の結婚式にやってきた。久しぶりに着たスーツはどこかぎこちない。白いドレスを着た佳奈は美しかった。久々の再会だったが、僕は当たり障りのない会話しか出来なかった。
『結婚式に招待されるとは思わなかった。最後に会ったのは中3の夏休みかな。』
「そうだね。金色の指輪買ってくれたよね。」
『懐かしいな。めちゃくちゃ恥ずかしいよ。』
「お互い違う高校に行くから最後のプレゼントって。」
『よく覚えてるな。佳奈が結婚かー。大人になったんだなぁ…。』
「もう24歳になったしね。ゆっくんが結婚する時は絶対結婚式呼んでね。」
『わかった。いつになるか予測もつかないけどな。』
「ゆっくん、彼女いないの?」
『残念ながら今はいないんだよなあ。』
「“今は”ってことは前まで彼女いたんだ…!」
『どうだろうなあ。』
「あはは。あっ、呼ばれちゃった。また後でね。」
佳奈はニコッと僕に微笑みかけた後、別のテーブルへ向かった。
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ーーー続いては、新婦のご友人によるスピーチです!山田幸成さん、宜しくお願いします!
『ただいまご紹介にあずかりました、山田幸成です。佳奈、そして春樹。結婚おめでとう。佳奈とは幼馴染で、ずっと一緒にいたんです。佳奈とはいろんな思い出があって…。語りきれないので、ここでは割愛しますね。改めて、結婚おめでとう。』
会場からの拍手が、僕の心に突き刺さる。
『今日この会場に来て改めてびっくりしたことがあるんです。佳奈の結婚相手が春樹だってことです。春樹とは高校3年間一緒で。親友ですね。偶然が重なりすぎてますよね。人生何があるかわかりませんね、ほんと。』
佳奈が春樹の隣で驚いている表情が見えた。
『ごめん、そりゃ驚くよね。春樹も、久しぶりに会えて嬉しかったな。実は春樹からも友人代表のスピーチを頼まれてて。“俺、新婦の友人代表としてもスピーチするよ。”と伝えたら、めちゃくちゃビックリしてました。そりゃそうですよね。佳奈が幼馴染だなんて伝えてないですからね。偶然すぎて僕も未だに実感がないです。』
佳奈は目を丸くして僕のスピーチを聞いていた。
『昔、夏祭りで佳奈に金色の指輪を買ってあげたことがあるんです。おもちゃですけどね。たしか500円だったと思います。中学生のころの500円って、意外と痛い出費なんですよね。でも、佳奈がその指輪を欲しそうに見つめてて。佳奈は覚えてないかもしれないですけど。そんな佳奈がダイヤのついたエンゲージリングなんかつけちゃって。自分のことのように嬉しいです。佳奈、春樹、ほんとおめでとう。短いですがこれでスピーチを終わります。ありがとうございました。』
シャワーのように拍手を浴び、僕はテーブルに戻った。
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「ゆっくん!さっきの話、ほんとなの!?」
『ああ、ほんとだよ。な、春樹。』
[いやあ、ビックリしたよ幸成。全然知らなかった。幸成と佳奈が楽しそうに話してんだもん。まさか幼馴染だなんて…。]
「私、スピーチの内容全然覚えてないわ。ビックリしすぎて。」
『偶然すぎるよなあ。そもそも、2人はどうやって出会ったの?』
「春樹とは大学が一緒なの。経済学の授業受けてたら、隣に座ってた人が“すいません、先週のノート、コピーさせてもらえませんか?先週寝坊しちゃって…”って言ってきてさ。それが春樹だったの。」
『映画みたいな出会い方だな。』
[凄いよな。俺が経済学寝坊してなかったら、佳奈とも知り合ってなかっただろうな。]
「そこから仲良くなって付き合ったの。ゆっくんは知ってると思うけど、私映画見るの好きじゃん?」
『そうだね。あっ、春樹も映画好きじゃん。』
「そうなのよ!春樹と映画の話で意気投合したんだよねー。」
『昔から映画の話をしてる時の佳奈、めちゃくちゃ輝いてんだよな。目がギラッギラしてるもん。』
「もう!ちょっとバカにしてるでしょ!でも映画は最高だよね。週に1本は見てるよ。」
『俺、中学の時、どうしても佳奈と話したくて、映画見まくったりしてたわ。たまに知ったかぶりして話したりして。俺、佳奈のこと好きだったんだよ。』
「知ってる。ゆっくん、絶対この映画のこと知らないのに無理して話してくれてるって思ってた。」
『あ、バレてたのか。恥ずかし。』
「バレバレだよ…。私もゆっくんのこと好きだった。」
『え、そうだったの!?』
「ほんと鈍いよねゆっくん。昔から変わんない。」
『そうだよな…。俺ってそういうやつなんだよな…。』
[ほんと鈍いよなお前。鈍すぎて彼女にフラれてたっけ。]
「あ、ゆっくんやっぱり彼女いたんだ!」
『余計なこと言うなよ春樹!』
「あはは。ゆっくんが指輪買ってくれた時、ちょっと恥ずかしかったんだ。ゆっくんが私のために何かプレゼントしてくれたの、初めてだったじゃん。」
『確かにそうかも。最初で最後だったな。』
[俺の前で思い出話をして懐かしむんじゃあないよ!]
『ごめんごめん。お前と会ったのは2年ぶりくらいだけど、佳奈と会ったの10年ぶりなんだよ。そのくらい許してくれ。』
[そっか10年会ってなかったのか。そりゃ懐かしい話もしたくなるわな。]
『すまんな。あ、俺、もうすぐ帰るわ。今日はありがとな。結婚おめでとう。』
「こちらこそだよ!久しぶりに会えて嬉しかった。ありがとう!」
『ありがとな。また近いうちに飯でも行こうや。』
[おう。もちろん。]
佳奈の左手にはキラリと輝くシルバーのエンゲージリング。当然だが、あの日プレゼントしたおもちゃの指輪よりもずっと似合っていて綺麗だった。金は銀よりも価値があるとされているが、あの指輪を見ているとそうは思えなかった。今度誰かに指輪を渡す時は、その人の指先でいつまでもしなやかに輝くシルバーがいい。
「ゆっくん。」
別れ際、佳奈は僕に声をかけた。
「ありがとね。今日も、あの時も。」
『おう。幸せになってな…。』
僕が顔を赤くすると、佳奈は春樹の隣で穏やかに笑っていた。