わたしが大砲台になった話
皆さんは、生まれてはじめてデートした日のことを覚えているだろうか?
わたしは覚えている。甘酸っぱかったからではない、とてつもなく苦い思い出だからだ。
今日はわたしの、嬉し恥ずかし初デイトの話を皆さんに聞いてほしい。
わたしがはじめてデートをしたのは、大学1年生の初夏だった。
それまで、勉強と部活と学級委員長しかしてきていない学生人生だった。この言葉を使うことは少し憚られるが、わたしは俗にいう陰キャ寄りの人間だった。
比較的に明るく、笑いは取りに行くタイプではあったが、対異性となるとてんでダメだった。話しかけることなんてまずできなかったし、話しかけられた日には赤面し、相手の顔も見ず、「あっ…ぉうん、今日提出らしいでっ、そのプリント、ぐぅwww」などと言って、教卓を指さすしかできなかった。ほとばしる非モテ感。そういうことなので、わたしの走馬灯には、ゲーセンでの制服デートも、彼氏と2ケツで夕暮れの中を下校する姿も映し出されることはない。死ぬのが怖い。
同級生たちがマクドに行ってポテトをあーんしている間、わたしは体操服の上をパンティラインぎりぎりのハイウエストにしたズボンにインし、陽気に校庭を走り回っていたのだから仕方がない。
よく授業中に友人の携帯の留守電に大喜利のお題と解答を吹き込んで遊んだな。笑いをこらえる友人の肩の上下運動を後ろの席から眺めた日々が懐かしい。小滝先生、あのときはほんとすみませんでした。
さて、前置きが長くなったがそんなわけで、わたしが異性とはじめてきちんとふれあい、デートにこぎつけたのは大学生になってからだった。
その彼はソフトテニスサークルの1つ上の先輩だった。わたしが使っていたラケットが古くてダメになってしまったので、たくさん持っていた彼が1本使っていいよと言ってくれたのがきっかけだった。
確かそのお礼も兼ねて出かけることになったのが、正真正銘、わたしがしたはじめてのデートだった。
迎えた当日。
授業なんてほとんど耳に入ってこなかった。全身脈か?くらいに心音が全身どこをとっても聞こえてきたし、なんならバクバクしすぎて本当にちょっと体が揺れてたかもしれない。EDM?
授業が終わって、待ち合わせた大学の裏門に遠くの彼を見たとき、「あっ、死ぬ」と思った。彼がかっこいいからとかそういうことではない。ついにこの瞬間を迎えてしまったという絶望に近い感情からだった。大袈裟でもなんでもなく、心臓が2回半ほど口から出そうだったので、必死に嚥下した。
「よろしくお願いしまーーーっす!!!」
審判くらいの声量であいさつをし、何度も頭を下げた。
そこからバスで移動し、商業施設が並ぶ街並みをブラブラしたが、正直緊張しすぎて、何を話したのかまっっったく覚えていない。
小腹がすいたのでお茶をすることにしたわたしたちは、近くにあったミスドに入った。ミスタードーナツ。とてもいい響きだ。チェーン店の安心感はすごい。どんなメニューがあるかおおよその検討がつくし、好きなものも決まっている。
わたしは確か、ゴールデンチョコレートとポンデリングを注文したと思う。
ドーナツを食べ進めながら、共通の話題であるサークルの人のことを中心にいろんな話をしていたが、ここであることに気が付いた。「食べる」と「話す」と「頷く」が同時にできないのだ。
何を言っているのか、さっぱりわからない人もいると思います。
少し思い出してほしい。わたしは、出てきてしまった心臓を何度か飲みこむ作業が必要なほどに緊張していたことを。「話を続ける」というミッションだけでもういっぱいいっぱいだった。さっきまで「歩く」「聞く」「話す」だけだったのに、そこに「咀嚼」と「嚥下」が追加されたら、それはもうほとんど大道芸といっしょなのである。バランスボールの上に立って、お手玉を回し、あごに長い棒乗せる。できるわけないだろ。初デートの挑み方を義務教育で教えておいてほしかった。『初デートは大道芸だ!』そんなテキストがあったなら、わたしは穴が空くまで読み、使い込んだに違いない。たぶん桜木先生も言ってた。
大道芸をしながらチラリと前のお皿を見ると、彼のドーナツはもうほとんど残っていなかった。まずい。バランスボールに気を取られすぎていた。お手玉を回さなきゃ。そう思って急いでポンデリングを食べ進めたとき、ふと、彼のした何かの話題がツボに入った。
ポンッ!
その瞬間、口の中にあったはずのポンデリングが、きれいな弧を描いて空を舞い、彼の足元にバウンドした。
わたしは笑った拍子にポンデリングキャノン砲を放ってしまったのだ。時が止まって見えた。うそだ、こんなのあんまりじゃないか。いっしょうけんめい受験勉強をして、頑張って入った大学での人生初デート。こんな切ないことがあってたまるか。
しかし同時にドーナツの中でも、いや、食べ物の中でも最もキャノンしやすいであろうポンデリングを、初デートに選んでしまったことを猛烈に悔いた。
「ポンデリングをwwポンてwwwしてもたwwwwwwwwwww」
今ならこんな風に茶化すこともできたかもしれない。
けれど当時は歩行と会話でいっぱいいっぱいのウブな女子大生である。
床に転がるポンデ・キャノンを忍びのごとく回収し、伝言ゲームの声量で「すみません…」と陳謝するしかできなかった。
「ポンデ・キャノン」
次にサークルに行ったとき、陰でこう呼ばれていたらどうしよう。
ドキドキしながらサークルに行ったが、いつものようなゆるくて楽しい時間が流れていて安心した。
けっきょくその彼とは短い期間ではあったがお付き合いすることになった。
恋に恋していたのだと思う。ふと、この人のどこが好きなのかまったくわからなくなってしまい、すぐに別れてしまった。反省はしています。
大学の小さなサークルなだけあって、別れたことがすぐに部員たちに広まってしまった。最悪なことに、その彼が、わたしのあることないことを吹聴し、最低学年だったわたしは、なんとなくサークルにいづらくなってしまった。
当時、日本全土の学生がやっていたSNS、mixi(ミクシィ)。そのつぶやきに、「あ~~結構つらいわ」「学校行くしんどい」などという彼の書き込みが更新されまくっているのを見て気が滅入っていたが、「今日も寝れんかった」のつぶやきに「そら昼間あんなに寝てたら夜寝られへんやろ」とサークルの先輩から辛辣且つ的確なコメントが書き込まれているのを見て吹っ切れ、また楽しい仲間たちとサークルに行くようになった。
みなさんの人生初デートは、どんなものだったんだろう。ずっとかわいく、ずっとかっこよく振舞うことができたんだろうか。それが着飾らない自分らしさだったなら、とても素敵なことだけど、緊張したり、少しでもかわいいと思ってほしくて頑張ったお化粧や服装、振る舞いもまた、悪くないなと思った。ひと癖ある走馬灯が少し楽しみになった。
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