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【創作語り】オリジナルの登場人物が舞台装置になりがち問題

前提として。
わたくし、ひかたかりんは、ファンタジーの世界観と探偵モノをこよなく愛するミステリギミック偏愛系物書きです。

で、自分の文章の強みはヴィジュアル特化型。
美しい映像と音楽を文章で脳内にお届けし、その世界に浸っていただきたい!

そんな私が物語ライターとしてオーダーメイドで書くのが好きなのは、
魅力的な役者さんをこちらの舞台にお招きして、その方のために、当て書きで物語を構築するのがすごく楽しいから!
その方の魅力を引き立てる舞台装置の構築が楽しいから!
「この世界にまた行きたい」
「暮らしたい」
「知らない自分に出会えた」
というご感想に飛び上がって喜びます。

二次創作が好きなのは、愛するキャラをより深く掘り下げて考察してく過程で、魅せる舞台を用意するのが楽しいから!
「キャラの声で脳内再生余裕でした」「この解釈すき」という感想に、ガッツポーズ決めちゃいます。

じゃあ、ひるがえって、自分の完全オリジナルの場合は?

キャラが先か、世界(ネタ)が先かで、全然違うのですよね。

「このネタで書きたい」
「このトリックで驚かせたい」
「この舞台装置と展開に凝りたい」

これが先に来ちゃうともうね、登場人物が役者じゃなくて舞台の一部、ギミックのひとつになりがち。
どんなささいなものでも、設定するからには舞台の仕掛けに使いたくなります。

ミステリモノ書いてると特にコレが顕著。

探偵役と宿敵には萌えを詰め込むけど。
被害者とか犯人とかは、いかに読み手を驚かせるかに腐心して作るので、舞台に必要な要素で構成すること最優先。

伏線は伏線として後から納得してもらうためのものなので!
ミスリードも立派な装置なので!
 

今、キャラと設定(世界)を共有して書かせてもらってるんですが、
「あ、このキャラの名前? いる? ちょっと待って、いま考える」になります。
名前つけるなら、作中で意味のあるものにしたいし、名乗るからには仕掛けたい。

これは私の背負った業なのかもと思いつつ、
オーダーメイド物語と完全オリジナルでの作風の違いを読み手さんにも楽しんでもらえるように頑張ろうと思います。

あと、せっかく看護師してて、カウンセリングや心理系の資格も持ってるから、オリジナルでもそこ活かせるといいなとも思うのですよ。
分析考察深読み大好き!

目指せ、キャラにも舞台にも愛を注がれる作品!

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