ナポリタン
いつもそこにあるものが、ないとわかった瞬間、人は軽いパニックになる。
いつもはカバンのここに入れていたはずの鍵がない。
いつもはここに置いておくはずのスマホがない。
そしていつもあるはずの、玉ねぎが…ない。
今日は農作業をしながら、夕食はハンバーグを作ろうと決めていた。
たしか冷蔵庫にはひき肉があったはずだ。
玉ねぎはいつもストックしてあるし、パン粉も牛乳もある。
そんな「決め打ち」をしていたので、仕事帰りに買い物には寄らずに帰宅した。
しかし、あったはずのひき肉は妻によってすでに使われており、申し訳程度のかけらしか残っていない。
たったこれだけ残すくらいだったら、全部使ってほしいものだ。
逆にあの少しの量だけ使う方が難しいのではないかと思う。
ひき肉だけを買いにスーパーへ走ろうとも思ったが、ひき肉だけ買いに一度落ち着いた体を外に投げ出すのは億劫である。
そこで軽いパニックを感じつつ、一度深呼吸をし、今日の献立を立て直す。
何せ買い物はしていないのだ。
僕にはなんの武器もなく、丸腰の状態である。
そうだ、だったら簡単にナポリタンでも作ろうではないか。
息子も好きだし、簡単だから家にある材料でことが足りる。
早速鍋に湯を沸かし、軽く賞味期限が切れたソーセージを切り、ピーマンを切る。
冷蔵庫の隅でしなしなになったアスパラも入れてしまえと、アスパラも切って、たった二つだけ残っていたナスも輪切りに切りそろえる。
…最後に、下の小屋に玉ねぎを取りに行くと、玉ねぎが…ない。
いつも切らさずにストックしてあったではないか。
なんで今日に限って…。
と、またしてもパニックに陥る。
こんなことなら、ひき肉を買いにスーパーへ走ればよかった。
ひき肉と玉ねぎ二つを購入するのなら、スーパーへ行ことも億劫ではなかったはずである。
しかし、これからスーパーへ買い物に行ってしまえば、「あの時の僕」を否定してしまうことになってしまう。
それだけはあってはならないことだ。
えーいなんだ、玉ねぎくらいなくたってナポリタンを成立させてやる!
と強い意志を持ち、玉ねぎなしのナポリタンを作ることにした。
ケチャップといえど、元はトマトである。
トマトはよく焼くと甘味が出るので、ケチャップもよく焼いた方がいい。
ケチャップにとんかつソースを加えると、よりコッテリになるのでオススメだ。
どうだ。
やってやったぜ。
あの時買い物を行かないと判断した僕を否定せずともやり遂げた。
ナポリタンの包容力は、半端ではない。