椰月美智子『明日の食卓』
椰月美智子さんの『明日の食卓』という小説を読みました。
私は小説って、メッセージを伝えたいのか、物語を楽しませたいのか、だいたいどちらかの体制に寄っているものだなとよく思うんですよね。
私はこの小説を読み始めて、最初は子どもを虐待してしまうことについて、どんな構造でこういう問題が起こってしまうのかというメッセージが込められている感覚で読んでいたんですね。
でも途中から、物語として読者をいかに引き込んでいくかみたいな気負いを感じました。
この小説には3組の親子が登場します。それぞれ住んでいる場所や家族構成は違うのですが、それぞれの家庭にイシバシユウという名前の子どもがいるということが共通点です。(以下、若干ネタバレがあるかもしれません。)
どこかに住んでいる3人のユウくんとその母親、そしてその夫や取り巻く環境のなかで様々な問題が生じると、今の社会で子どもを抱えて生き抜くことってこんなにも大変なものなのかと、苦しい気持ちになります。
とくに男児2人の兄弟を育てる大変さには、非常にリアリティを感じました。(家庭や子どもの性質にもによると思いますが。)
一方で、テクニックとして、どうやって読者をイラつかせ驚かせ絶望させ自分ごととしてヒヤリとさせるかという動線も結構感じて、私はちょっと物語の舞台から離れて眺めようという感覚にもなりました。
一人、強烈に頭が良すぎる上に、あまりに冷徹な小学3年生が登場するのですが、さすがに人物をコマとして大人の台詞を吐かせすぎではないかなと思って、ここから物語をだいぶ引きで見るようになりました。
この小説に対するいろいろな人の感想を読んで、「子どもを虐待する可能性は誰にでもある」という言葉を多く見かけて、そういう気持ちを持つことは必要だなとは思うけれど、これは人間の負の面をかなり強調している物語でもあるし、こういう状況が生まれるとしたら、どんな手を打てるかということも考えたいと思いました。
私はこの小説を読んで、誰かを頼るということは非常に大事だなということを感じました。
行政のサービスを調べたり、できることなら信頼できる人間関係を日頃から築いておきたいものだなと改めて思いました。これは子育てに限らず、自分が生きていく上で、家族や親戚の中で問題が発生するかもしれないし、そんなときに家族とは無関係の頼れる人やコミュニティって、絶対に必要だなと思います。
コミュニティに頼らないとすれば、都会で生活をすることってやはりお金はあったほうがよくて、子育て中だったり仕事が忙しかったら、今なら家事代行とかを頼めたらだいぶ精神的負担が減ると思うんですよね。
活発な子どもを自由に走り回らせたい、とか考えると、やはり田舎のほうが子育てってしやすいのかなと思いました。教育の水準みたいな話も聴きますけど、今の時代ってネットやさまざまなツールに頼れば、どうとでもなると思うんですよね。
自分が知らなかった子育ての大変さに触れつつ、自分が当事者だったり身近な人が苦しんでいたら、打つ手はいろいろあるなとも考えることができました。
KindleUnlimitedでも読むことができます。
音声配信でもnoteと同じような内容で話しています。