北国の空の下 ー 週末利用、自転車で北海道一周【52】17日目 新吉野駅〜えりも② 2017年6月10日
出発地点の新吉野駅から60キロ近く走って、ようやく集落らしい集落に着きました。国道236号線との合流地点、豊似です。小中学校もあり、そこそこの規模の集落。Aコープの小型店舗もあったが、薄暗い感じ。
◆ 豊似から広尾へ
豊似と言えば、ハート型の湖として知られる豊似湖が想起されますが、この湖があるのはずっと南側、広尾を通り過ぎた先の豊似岳山中。ハート型、と言っても、当然ながら高台から見ないことには輪郭は判然とせず、しかもそこに至る道は荒れたダート、かつ羆の巣であるといいます。
国道236号線は、帯広と中札内、忠類、大樹、広尾など、十勝南部の主な町を結ぶ幹線道路。このため交通量も増加。肥料や飼料の運搬車が目立ちます。広尾港と内陸の農場とを結んでいるのでしょうか。猛スピードで背後から迫り追い抜いて行くので、神経を使います。
しかも、沿線は農地と樹林ばかりの単調な風景、さらに曇り空で日高山脈の山々も見えません。
やがて道は海岸線に向かって、一直線に方向を変えました。突然、海からの強い風が正面から、どんとぶつかってきました。雨つぶも、顔に当たり始めました。
そして海岸線に出た途端、天候の様相が一段と険悪になりました。海から濃い霧が押し寄せ、高台にある建物を包み込まんとしています。
広尾の市街地へは、片側二車線の立派な道路が延びていました。しかしそれに見合う交通量はなく、沿道にはロードサイド店舗が並ぶものの人影は疎ら。広尾は十勝の主要港として、小さいながらも賑わいはある街ではないかと想像していたのですが、思いの外静か。
いよいよ、雨が本格的に強くなってきました。
道の駅でも見つけて一休みしようと思っていましたが、灰色の街にはそんなものがありそうな雰囲気なし。コンビニの軒下に自転車を止めました。
時刻は11時少し前。ここまで小休止を含め3時間弱。横風だったことを考慮すれば、まずまず快調なペースではあります。
おむすび二つと、暖かいお茶で当座の腹ごしらえ。今日は朝食もサンドイッチ一つでした。温かいものをしっかり食べておきたいのだが、仕方ない。
再びゴアテックスのウィンドブレーカーをまとい、シューズカバーをつけました。ただ、お粗末な事に、このシューズカバーには防水性がないことに、後になって気づきました。
さらに、サドルバッグの防水カバーも忘れてきました。
お陰でこの晩は、旅館の部屋中を、ジャージやらビブショーツやら靴下やらの満艦飾で飾る羽目になったのでありました。
◆ 黄金道路
30分ほどの休憩を終え、襟裳岬への残り40キロをスタート。
この先、険しい海岸線への道路敷設工事は、「黄金道路」の異名を取るほどに多額の費用を要したそう。
1934年に竣工し、総工事費は945,503円、と言っても全然ピンと来ないが、消費者物価指数から言うと当時の1円は概ね今の1700~2500円程度にあたるそうなので、ざっと20億円規模ということでしょうか。1メートルあたりでは28円20銭、現在の貨幣価値ではざっくり5~6万円。因みに現在では、道路1メートルあたりの工事費は、一般に3~10万円とか。
そう考えると、「黄金道路」とはいささか大袈裟な感もありますが、当時は人件費がずっと安かったろうし、アスファルト舗装も法面工事も何もなく、岩壁を切り開くだけでこの工事費を要したのだということかと想像します。
もう35年も前の冬、初めての北海道旅行で、襟裳岬から広尾までバスに乗ってこの道を走ったことがあり、日高山脈がそのまま海へ落ち込む、尖塔のような断崖の連続する風景は朧げに記憶に残っています。この区間は、道内でも最も通行止の多い区間として知られ、一年のうち113日もが通行止めだった年もあるそう。
その後、災害対策のために改良工事が進み、今では長大トンネルが連続する区間になっています。その中には、道内最長道路トンネルである「えりも黄金トンネル」4900mも含まれます。
町外れの高台から、低く垂れ込めた雲の下、日高山脈がそのまま海へと落ち込む険阻な海岸線が臨まれました。
市街地から短い坂を下って行くと、ランドナーに乗った三人のサイクリストが、かなり消耗した程でやって来ました。いつものように、軽く右手を上げて挨拶しましたが、向こうは軽く会釈するのもやっとの様子。海岸線はやはり風雨が厳しいのでしょうか。
しかし、海岸線に降りると、思いの外波は小さく、ミネラルに富んで体に良さそうな昆布の香りに包まれて、少し気分も和らぎました。激しい雨風はいったん小康状態になったようで、快適にとは言えぬまでもゆったりと流します。
程なくフンベの滝に至りました。岩壁から湧き出た幾筋かの水流が流れ落ちており、車を止めてシャッターを押す観光客の姿もありました。
高波と落石を避けるための覆道が連続しています。幅広の側道が敷設されており、走りやすい道です。もっとも、自動車が殆どやって来ないので、車道を走ったって危険はないのだけど。
音調津川なる川に行き当たりました。「おしらべつ」と読み、アイヌ語で「オシララウンベッ」、河口に岩礁のある川の意味だといいます。小さいながら漁港もありました。後刻、投宿地の寿司屋で聞いた話では、この川はサクラマス釣りで有名だとのこと。
この先、長大トンネルが連続します。昔のように豪快な海岸線の眺望が愉しめないのは残念ですが、悪天候時の通行止めを回避したり、また崩落事故で犠牲者を発生させたりしないためにはやむを得ないのでしょう。
それに、今日のような悪天候では、覆いの中を走れるのは好都合でもあります。
2020mのタニイソトンネル、2438mの新宝浜トンネル、1876mの目黒トンネルと、長大トンネルが連続。幸いどのトンネルも、路面は良く交通量も少ないので、スムーズに走り抜けることができました。
ただ、トンネルを一つ抜けるごとに、雨足が強くなっている感じがしました。
そして、北海道最長の「えりも黄金トンネル」4941mの入り口に到着。ここで、防水カバーをかけていたiPhone 7の電源が、急に落ちてしまいました。iPhone 7は、その防水機能故に発熱しやすく、特にカバーなど装着すると放熱が妨げられて、急激なバッテリー残量低下や電源落ちを起こすのだそう。こういう時、スマホをサイコンがわりにしていると困ります。
数回、電源のオンオフを繰り返してみたが、どうしても回復しなません。諦めて、バックポケットの中で仕事用のiPhone 6のアプリを起動させて、地底へ。
「えりも黄金トンネル」は、何だかとてもひんやりとして、陰険な感じのトンネルでした。
しかし、走ってみれば通行量が少ないためかストレスを感じる間もなく、8分ほどで駆け抜けました。
◆ 寒冷前線が…
えりも黄金トンネルを抜けると、海霧は一層濃くなり、雨足も激しく、さらに風も強さを増していました。
朝からの走行距離は間もなく100Km、大休止を取るべき頃合い。トンネルを抜けて短い坂を上った先にある「望洋台」というポイントなど、天候さえ良ければ格好の休憩ポイントに見えました。しかし、今日は雨風にまともにさらされ、そこにいるだけで体力を消耗してしまいそう。
まもなく、内陸の丘陵を超えてえりも市街に至る道と、襟裳岬に至る道が分岐する庶野に着きました。
人気は全くありません。
襟裳岬まで、あと14Km。
仮に穏やかな晴天のもとであったなら、ここからは、長大トンネルが続く険阻なエリアを抜けた安心感につつまれて、草原の広がる静かな平坦路を、のんびり走れたことでしょう。
だが今日は、冷たい雨が激しく顔を叩き続け、海は靄に煙り、集落はあっても人の気配は皆無。
心が折れそうでした。
庶野から少し走って、目についたバスの待合所に飛び込みました。ベンチと、なぜか一人用のソファが置いてあります。
髪はぐっしょり濡れ、シューズの中も水溜りができているようで、気持ち悪い。
ともかくもプレハブの扉を閉めて、水分を補給し、広尾のコンビニで買った羊羹を齧り、体力よりもむしろ気力が回復するのを待ちます。
しかし、残念ながら、雨脚は弱まるどころか、激しさを増していきました。
昼過ぎから3時頃までは激しい雨との予報が、ぴったり当たってしまいました。風の当たらない屋内とは言え、濡れた頭と足先から、全身に冷えが忍び寄って来ました。
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ここまでお読み頂き、ありがとうございました。引き続き、激しい風雨の中、折れそうになる心と戦いながら、襟裳岬を目指します。
この記録は、2015年から2020年にかけて、週末や有給休暇をやりくりしながら、ロードバイクに乗ってつぎはぎで北海道を一周した思い出をしたためています。その間には、転勤、怪我…他にも年相応のことが色々とありました。よろしければ続きもご笑覧ください。
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