北国の空の下 ー 週末利用、自転車で北海道一周【39】14日目 厚岸〜白糠① 2016年5月6日
「良かったですね、風が止んで」
5月6日朝8時半。今日は昼食ポイントがなさそうなので朝ご飯をおかわりし、民宿のおかみさんに見送られて、快晴の厚岸を出発しました。
実際は、風は止んだわけではなく、相変わらず向かい風若しくは横風となる風力3レベルの風が南から吹いています。しかし昨日に比べれば、そよ風のようなもの。
◆ 今日のルートはどうしよう。
今日は、引き続き北太平洋シーサイドラインを走りますが、若干の思案のしどころがあります。
今夜の宿泊地は釧路。ANAのダイナミックパッケージを使って都道したので、最低一泊分はパックに含めて予約する必要がありました。今宵の釧路の宿がそれにあたり、自由に変更することは叶いません。釧路から先は、パックで泊まれる宿がなかったのです。
しかしながら、厚岸~釧路間は約60Km。1日の行程としては物足りません。
一方、明日は十勝川河口まで海岸線を走った後、帯広空港まで自走して帰京する計画。釧路からは140Kmを超えます。天候悪化、向かい風、車体トラブルなどで想定外の時間を要する可能性も排除できません。
そのため、本当は釧路よりもう少し先まで走っておきたい。
そこで、この日は釧路から約30Kmの白糠まで走った後、輪行で釧路まで戻り、翌朝また白糠まで輪行してスタート、という変則的なプランを採ることにしました。
もう一つ、決めかねていることがありました。
道東の秘境・尻羽岬に行くかどうか。
「ロードバイクで行ける主要な岬は訪問する」というのが、自分で決めた北海道一周のルール。その点、太平洋に突き出した嘴のような尻羽岬は、「ロードバイクで行ける」「主要な」の何れにおいても微妙な存在なのです。
岬に到達するには、片道約5Kmの寄り道。うち、4kmはダートを走らねばならないらしい。
ルーベは悪路走破性の高いバイクですが、あくまでロードバイクとしては、ということであり、フラットダートならともかく、路面が抉れ拳大の石が押し出されたようなダートでは走れません。
「主要」かどうかは多分に主観の問題だけど、宗谷岬、納沙布岬、襟裳岬等と違い、「シレパ岬?何それ」という人が大多数でしょう。地形上は確かに道東の海岸線を特徴付ける存在なのだけれど、主要道路や町から離れ、公共交通機関では行くことができません。歌謡曲、映画、ドラマなどの舞台になったという話も聞きません。
これはもう、その時の気分で決めるしかないでしょう。
その尻羽岬の方へ向かって、厚岸から海岸線を行く細い道も地図に出ていますが、ここは一旦内陸に入り、尾幌原野を通って行くことにしました。
前日の朝、釧路から初田牛へ向かう列車で、尾幌原野を通過しました。平原に国道44号線が一直線に伸び、多数の馬が放牧された牧場などもある風景には、ちょっと惹かれるものがあったのです。
◆ 尾幌原野の丹頂鶴
国道44号線は、帯広~釧路~根室と道東の主要都市を結ぶ動脈なので、大型車も多数走っています。
路肩の広い北海道の道なのでまだましですが、後方に神経を使いながら走ります。
左手には尻羽岬への険しい海岸線が弧を描き、太平洋に突き出した断崖絶壁で終わっています。
しばし海岸線を走った後、根室本線と絡み合うようにしながら、ひとしきり坂を登りました。そこそこの標高差に感じられるが、実際には尾幌原野は僅か標高8メートルばかりの場所にあります。
道路は前日までの早朝に車窓から見た通り、平坦な開拓地の中を国道が直線的に延びています。
ただ、前日と違って交通量が多く、神経を使いました。前日は祝日、しかも早朝だったわけで、当然の相違ではあります。
競技馬を育成しているらしき牧場が右手に現れました。これも、昨日、車窓から認めていました。今日改めて日の光の下でみると、粕毛や白と茶の斑の馬もいます。これらの毛色はサラブレッドにはいないはず。とすると、競走馬ではなく馬術競技用の馬を育成しているのでしょうか。
尾幌の語源は「オ・ポロ・ペッ」、河口の大きい川の意といいます。尾幌川のことを指しているのでしょうが、地図を見る限りでは特別に大きな河口があるわけでもありません。不思議に思ってもう少し調べてみると、尾幌原野のすぐ東側で海に注いでいるのは明治40年に掘削された分水であって、本流はさらに北東へ流れ、昨夕走った別寒牛辺湿原に注いでいるのだそう。
尾幌原野に開拓者が入植したのは明治32年のこと。日高地方の鵡川に入植していた開拓民達が、洪水に見舞われて移住を決意し、この地にやって来ました。しかし、この土地は泥炭地で、傾斜も緩やかであるため水捌けが悪く、分水を掘削し悪水を排出することで土壌改良を図ったのだといいます。
車掌車を改造した待合室があるだけの尾幌駅前から南に転じ、やがてその尾幌川を渡ります。
と、視界の端に、丹頂鶴の特徴的な姿が映りました。
丹頂鶴の番が河原にいて、優美ともギクシャクとも言える独特の歩様で、餌を啄ばみながらゆっくりと移動していました。
一昨日は釧路空港から市内へ向かうバスの中から、昨日は初田牛への始発列車の中から、丹頂鶴を見ました。これで3日連続で彼らの姿を目にしたことになります。このエリアでは然程珍しい鳥ではないでしょうが、他の地域では極めて稀にしか見ることはできず、海外でも中国北東部や沿海州などに生息地は限られています。3日連続で見られるとは僥倖と言うべきでしょう。
その姿は、掛け値なしに美しい。一時は絶滅が危惧されましたが、現在では千羽を超すまでに回復したといいます。春の日の下で餌を啄ばむカップルの姿を見ると、その保護活動に尽力された方々の存在があってこそ、と敬服せざるを得ません。
▼ 日本野鳥の会HP
彼らの姿の向こうには、若草燃える牧草地が広がります。
なんとも美しく、微笑ましい光景に、しばし足を止めて見入っていましたた。
◆ 「仙鳳趾」から「知方学」へ
やがて、道は再び海岸線に出て、仙鳳趾漁港に至りました。閉校した学校が叢に埋もれています。
ここの牡蠣は今ではブランドと言っても良いようで、ネット通販などで全国各地へ発送されているそう。一昨日の夜、釧路の居酒屋で食べた牡蠣も、ここの産でした。「せんぽうし」とは、魚がたくさんいる場所の意だといいます。ここから釧路にかけての海岸線は、アイヌ語の地名が今でも大切に守られ、かつ、知らなければとても読めないような難読地名が並ぶ地域です。
仙鳳趾漁港を過ぎると、長い登り坂が始まりました。
昨日もアップダウンは多かったが、登り坂は概して長くも急でもありませんでした。獲得標高は、90Kmの走行距離で1000mほど。ここまでの北海道一周の行程では確かに上りが多かった部類とは言え、ロードバイクの日帰りライドでは特筆すべきことでもなく、格別にハードでもありませんでした。
今日も大体同じような感じかと思っていましたが、のっけから4km強の登り坂。もっとも、傾斜は最大6%程度。
幸い、天気は良いし、風は木々に遮られています。時折、セキレイが跳躍するように前を横切って行きます。
坂を登り切ると、少し下って、左へ尻羽岬への道を分けます。「知方学」という集落を経由していくようです。この読み方、「はあ、そう来ますか」という感じで、知らなければ想像の及ぶところではありません。
ここで種明かしをしてしまうのは野暮に思われるので、以後、このエリアの地名の読み方や由来は、敢えて伏せることにいたします。
ともかくも、右か左か、判断すべきポイントに来てしまったわけでありますが、迷っている時点で実は心は決まっているようなものでありまして、緩い斜面を下った勢いそのままに、「知方学」へ向かう左の道へ飛び込みました。
※ 次回は、秘境・尻羽岬を訪ねます。ここまでお読み頂きありがとうございました。よろしければ続きもご笑覧下さい。
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