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地方都市の新たな魅力に出会う ブロンプトンとローカル線の旅#11 満員御礼の「山線」と北の湘南②

初夏の札幌を軽くポタリングして、函館本線の旅をスタート。小樽発倶知安行きは通路まで人が溢れる大繁盛。余市で多くの観光客が下車し、車内はようやく静かになりました。列車は倶知安への山越えにかかります。

▼ここまでの行程はこちらをお読み下さい。


◆「山線」の旅 (余市〜倶知安)

余市の次の仁木は、北海道らしいがらんとした駅前。その先、余市川を遡り、山間部へ入っていきます。
銀山を過ぎると、山越え。
トンネルを抜けて、右手に積丹半島の盾状の山を見ながら、かつての岩内線との分岐駅・小沢に到着。こんなところにどうして分岐駅を置いたのだろうか、と訝しく思ってしまうような、山間の小さな集落でした。
小沢の先は再び峠越え。その先、樹相が少し変わってトドマツが増え、やがて風景が開け、農地が広がりました。
左手には、北海道らしいがらんとした倶知安の市街地。
列車は、駅のやけに手前から徐行して、そろそろと入線していきます。何事かと思ったら、頭端式ホーム。ここで運行系統が完全に分かれるということでしょうか。

▲ 小樽から倶知安へ到着

新幹線の停車駅になる倶知安。駅舎とホームに間にだだっ広い空地があり、長い仮設の通路で、結ばれています。ここに新たな駅舎を建てるのでしょう。
降りた人達が、長万部行きが発車する向かいのホームに、どんどん列を作っていきます。これは想定外。
長万部方面へは1日7本が運行されていますが、この12時35分発の前は9時50分。次は16時55分。3~4時間に1本という運転間隔故、需要も多いんだろうか。
…と思ったが、出立ちを見るに、どうも多くが鉄道ファンや旅行者。

◆ 山線の旅 倶知安〜長万部

少し待ち時間があるので、改札の外へ出てみたいところですが、これでは列に並んで待たないと、長万部まで立ちっぱなしになる恐れがあります。
所在なく周囲を見渡すと、構内は広く、隣接する公園内には昔のターンテーブルが残されていました。
南には羊蹄山が間近に聳え立ちます。残念ながら、今日は中腹より上は雲の中に隠れています。

▲ 倶知安に残るターンテーブル

やがて、H100型気動車が一両のみで、ゆっくりとホームに入線してきました。座席は瞬く間に埋まり、通路にまで人が立っています。
全く予想外の混雑。この先、ニセコで降りる観光客が多いのでしょうか。 
比羅夫を過ぎてニセコに着いても、降りる乗客は殆どおらず、逆に何人かが乗ってきて、車内はさらに混雑しました。
空いていれば、前に行ったり後ろへ行ったりして草むした路盤が原生林へ消えていく風情を楽しみながら乗って行けるのですが、これではおとなしく、確保できた後ろ向きの席に腰を下ろしているしかありません。
天気が良ければ、左に羊蹄山、右にニセコアンヌプリを望む景色の良い路線なのでしょうが、今日は雲が低く、今にも降り出しそう。

観念して、車窓風景を眺めます。北海道を旅していると、護岸工事のなされていない、自然のままの渓流が多い。川は本当は、こうやって流れているのだよなあ、と、むしろ新鮮に感じてしまいます。
景色に変化がなく、駅間が長いので、うとうとしながら揺れに身を任せます。昨夜、少し寝不足なので、こうしてぼーっとしているのが気持ち良い。

ニセコの次の駅、昆布の先は、心なしか人家が増加し、やがて蘭越に到着。かつては貨物ホームや保安車庫などもあったそうで、構内の広い駅です。今では過疎化によって駅前は静まり返り、閉業した商店も幾つか見受けられます。

次の目名では数名が下車。この風格あるログハウス風の駅舎が目的なのかな?とも思いましたが、どうやらこの後、14時17分発の倶知安行きで折り返すためらしい。ただ、他にも地元の高校生と思しき女の子が下車して、駅前の空き地に咲き乱れるマーガレットを背に、無人の通りをまっすぐ歩いていく姿もありました。

▲ 目名駅

目名から熱郛へは山越え。人の手が入った気配の殆どない山の中を行きます。谷地があり、そこを自然のままの澄んだ渓流が流れ、熊笹が生い茂り、ようやく雲が流れて青空も見え始めた空から、木漏れ日がこぼれ落ちています。

▲ 熱郛駅

山を越えて、黒松内ではテニスラケットを担いだ地元の高校生たちが下車。彼女たちはずっと立ちっぱなしでした。鉄道廃止のニュースが流れた途端に観光公害に見舞われたようなものでしょう。申し訳ない…

▲ 黒松内駅にて

時刻は14時近くなりました。海に近づき、青空広がりました。

14時11分、長万部着。
がらんとした駅前に立ち、短い駅前通りの突き当たりに噴火湾を臨むと、今回の旅で初めて「はるばる来たぜ」感が湧いてきました。
それにしても、昨日の今頃は京都の外れで働いており、今朝はマルヤマクラスのスタバでソイラテを飲んでいて、今は噴火湾の海辺にいるのであるなあ。

▲ 長万部駅前

1時間近い待ち時間があるので、洞爺までの特急券を買った後、かに飯を買ってきて、待合室で頂きます。朝から満員列車ばかり乗り継いで来たので、やっとローカル線の旅らしいのんびりした時間が訪れたと感じられます。

▲ カニめし

駅前ロータリーには、二俣ラジウム温泉からの送迎車。ずっと前に一度だけ、立ち寄ったことがあります。有名な石灰華の浴槽もさることながら、庭先でキタキツネの親子が遊ぶ牧歌的な風景が心に残っています。

◆ 有珠湾と有珠善光寺ポタリング

長万部から洞爺までは特急で一駅、30分足らず。本当は鈍行でのんびり行きたいところですが、この先、洞爺から伊達紋別までの間に立ち寄りたいところがあり、そのためにブロンプトンで、もう一走りしようという魂胆があります。

2015年から2020年にかけて、週末などを使い、つぎはぎで、ロードバイクで北海道一周した際、このエリアは国道をまっすぐ駆け抜けただけで終わってしまいました。
その時は天候不順の上に風邪気味で、投げやりな気持ちで走っていたこともありますが、かつて「イザベラ・バードの日本紀行」で感銘を受けた美しい風景の舞台がこの辺りだということが、その時は全く頭に残っていなかったのです。
そのことはずっと心残りで、今回、このエリアを目的地に選んだ理由の一つでもありました。

洞爺駅前は、国道5号線と細長い商店街を挟んで、すぐ海。青空が広がり、海沿いに気持ちの良い道が延びていました。

▲ 洞爺駅前
▲ 青空が広がった噴火湾

その道を東へ走っていくと、まもなく国道に合流。高台にある道の駅の脇から、海岸線を行く細い道に入ります。
海に突き出した小さな岬を回ると、漁港と穏やかな水面が現れました。

▲ 有珠湾

明治初期、イザベラ・バードは蝦夷地を旅し、この有珠に逗留した日のことを抒情的な筆致で描いています。

…わたしがその夜を過ごしたえもいわれぬ美しい入江では木々とつたが海に垂れ、水面にその姿を映していました。他のなにもかもが入り日の金色をピンクに染まるなかで、木々とつたの濃い緑の影はくっきりとあざやかに映えていました…アイヌの小屋のある木々の生えた岩だらけの小山、夕陽よりさらに赤い有珠山の赤い山頂、網を繕っている数人のアイヌ、食用となる海藻を広げて乾しているさらに数人のアイヌ、音もなく動き、金色の鏡のような入江の水面を乱しているただ一隻のカヌー。…

「イザベラ・バードの日本紀行」時岡敬子訳 講談社学術文庫

その入江に面して、有珠善光寺がありました。
ここを訪れた夕暮れのことを描いたバードの静謐な文章は、この名著の中でも、特に心に沁み入るものでした。

…日光が一筋大きく差し込んで畳敷きの床を横切り、金色の厨子に収まった釈迦像に当たりました。ちょうどその時、褪せた緑色の錦の衣装をつけた坊主頭の僧侶が日光の筋を無言で歩いてきて祭壇の蝋燭を灯し、新たな香が寺院の中を眠気を誘う芳香で満たしました…林を通っていくと、山腹に墓の群れが悲しみに沈んであり、お寺からは青銅の大釣鐘の甘美な響きと大太鼓の音、そしてそれに合わせてはるかな国の今は絶えた言語で休みなく繰り返す読経が聞こえてきました…私は有珠岳から最後のピンク色の輝きが消え、静かな水面から最後のレモン色の模様が消えるまで入江近くの岩に座っていました。森のある山にかかっていた美しい三日月が沈み、夜空には星々が輝いていました…

前掲書

今日の有珠善光寺は、観光化されていない静かな寺院で、境内一面がシロツメグサに覆われた美しい場所でした。潮風に洗われた本堂も、茅葺きの庫裏も、風格があります。バードのように、この入江に陽が落ちるまで佇んでいたい思いでした。

▲ 有珠善光寺 … 本堂や宝物館の参拝は予約制のようです

さらに海に沿って走っていきます。入江を抜けると、西からの強風がどんとぶつかってきました。

アトルリ岬を過ぎると、道はやがて砂地になり、そのうち砂にタイヤを取られ走行困難になりました。少しの間、引いて歩き、車の轍が増え砂が踏み固められてきた所から再乗車。そして国道へ戻ります。伊達市内まではもうすぐ。

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ここまでお読みいただき、ありがとうございました。引き続き「北の湘南」の酒場放浪記と、洞爺湖一周ポタリングのことを書いてゆきます。宜しければ、続きもお読みいただけると嬉しいです。

▼ こちらのマガジンで、ブロンプトンを連れて地方都市とローカル線を旅する記録を綴っています。

私は、2020年に勤務先を早期退職した後、関東から京都へ地方移住(?)しました。noteでは主に旅の記録を綴っており、ロードバイクで北海道一周した記録や、もう一つの趣味であるスキューバダイビング旅行の記録、また海外旅行のことなども書いていきます。宜しければ↓こちらもご笑覧下さい。



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