天国から見ていてください

死の香りは時として、人を心を焼くほどに美しくさせる。
僕はそういう顔を知っている。
死を意識して、諦観と覚悟を持った強い顔だ。
思い出すのは祖母に最後に会った時のことだ。末期がんでもう長くないと言われており、僕が病院にお見舞いに行った時の話だ。
その日は、よく晴れていて、田舎の大きな病院に父と母と二人の姉と車で向かった。
病室のことを今でも思い出すことができる。
消毒液の香りが充満した病院内の一人部屋、綺麗に整理整頓された日当たりのいい部屋だった。
入ってまず驚いたのが、祖母の瘦せこけた顔だった。頬骨に沿って線が入っており、骨の上に皮が張り付いていた。もともと祖母は恰幅のいい、優しい人物だった。よくアールグレイの紅茶と、普段は子供だからと食べさせてくれないようなお菓子を、こっそり食べさせてくれた。
そんな祖母の顔をみて、死期が近づいていることを理解した。
それから、姉と母がずっと話をしていて、ほとんど僕は話すことができなかったことを覚えてる。昔から同じ場所にずっといることができない子供だったから、窓の外に見える散歩道を歩いてみたくなっていた。そこには綺麗な花がたくさん咲いていた。
母と姉が泣き始めて、その手の気まずさが苦手な僕は、母と父に言って散歩してくることにした。
記憶というのは、虫食いのように印象的な瞬間ばかり強く残る。その散歩道は緩やかな坂になっていて、花壇が規則正しくあって、季節の花が咲いている場所とそうでない場所があった。
祖母は花が好きな人だったから、美しく咲く花をみてこれを見せたいとおもったことを覚えている。
部屋に戻ると、静かにみんなで話をしていた。
穏やかな時間が流れていた。
日が少し傾いて、夕色を帯び始めた日が部屋いっぱいに入ってきていた。
こうやって思い出すと、心臓が締め付けられるように苦しくなって、何かの拍子に爆発するように泣きたくなってしまう。
僕が覚えている祖母の顔は強かった。あの優しい祖母があんな風な顔をするなんて思わなかった。
その顔は、娘である僕の母に何かを語りかけている時に見せた。何を語っていたのかは覚えていない。しかし、その言葉を聞いた母は震えながら、否定しようとして泣き崩れていた。
覚えてはいないが、きっと自分の死を受け入れた上での発言だったのだろう。そんな祖母の顔は、強くとても美しいものだった。
その二週間後、祖母は死んだ。
僕が次に祖母を見たのは、棺桶に入って冷たくなった姿だった。
その日は雨が降っていた。

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