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ロゼットは春待つかたち床じゅうに教科書ひらくその野に眠る 久永草太『命の部首』


ロゼットは放射状に葉を広げることで、効率よく日光を得るための草の形。タンポポの葉などを想像するとわかりやすい。おそらく人を中心にして、教科書がたくさん開かれた状態で床にあるそれをロゼットと重ねている。像がクリアに浮かぶ。
「獣医師国家試験」という連作にあるので、この歌の「春」は文字通り季節の春が来ることと、合格した未来がくることと両方だろう。そうすると結句も、単なる睡眠と冬眠(春を待つというニュアンスで)の両方の含みを持つ。学生らしい、というとまとめすぎるようで言いにくいが、未来がたっぷりある学生の向日性がいいなと思う。

白鼠おまえの白さを雪というおまえの知らぬもので喩える
獣医学部生だった頃の歌。実験用ラットの白さを雪に喩えてみるけれど、ラットたちは雪どころか室外の景色を知らない。そこに人と動物だとか、同じ動物でも出自を選べない差のようなものを感じる。また、ラットの短い命を考えると、計らずも儚い雪にたとえてしまったことの気まずさもあるだろうか。

筍を蹴って折りとる祖父然り暴力的にあたたかな春
作者は宮崎の人。宮崎の春はどんな感じなんだろう。2月頃から春だろうか。わっと芽吹いたり急に日差しに力強さを感じたり、コントロールされない自然を「暴力的」としているのではないか。「筍を蹴って折りとる祖父」のその自然な所作に地元の人らしさがみえる。たくましさ、とも言えそう。

皮膚という袋縫う午後 漏れそうな命はきっと水みたいなもの
米炊けば米の匂いす魚炊けばまして腹減るいいな炊事は
カンニングのごと隣家を見て決める明るく曇る今日の部屋干し
治す牛は北に、解剖する牛は南に繋がれている中庭
ふるさとの話あなたに訊かれいて甘い蜜柑を選るごと話す
昔よく渡った橋だ思い出に水はときどき金色である

物言いがきっぱりしていて、まっすぐさが気持ち良い歌集。

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