見出し画像

【9】私の人生に大影響を与えた人についての話

Kaselehlie、ひぐちです。

ミクロネシアに来て7ヶ月が経ち
だいぶ価値観が変わったなと思いますが、

残りの時間でも多くの人と出会い、
その方々から学ばせて頂くことが
私の価値観に影響していくのだろうなあ。

と耽っていた時、逆に
「今の価値観に影響を与えたのは誰だろう?」
と思い立ち、幼少期から現在にかけての
ひぐち的☆重要人物を思い浮かべ
それぞれ書き出してみました。

「まって、そういえばこんな人いたわ」
「このエピソード冷静にえぐう」
など、思い出すだけで楽しかったし
自己理解も深まる作業だったので、
暇な人はぜひやってみてください。

今回は中でも、
ひぐちの人生に大影響を与えた3名
について語ってみようと思います。


こんな超個人的な話を、
こんな超オープンな場所で話すのは

人との出会いで、人生は変わる
人は、周りのお陰様で生きている
出会ってくれた全ての人に、感謝。

という、私が大切にしている思いを
自分の具体的なエピソードを踏まえて
表現・発信してみてみることで
「なるほど」「おもろい」「ええやん」
とかなんでもいいので、誰かに少しでも
気づきやプチワロタをお届けできたら
幸せだなあーと思ったからです。

また、ありがたい?ことに
「どうしたらひぐちみたいな人になるの?」
と聞かれることが多々あるので
その方々へのお答えにもなったら
いいかなあーと思います。


今回はミクロネシアネタ皆無です。





てことで早速、まずは
小学生編から、いってみよーう。



①覚醒、ひぐちの感性が爆発【小学生編】


時は小3まで遡ります。


当時、絶大に流行っていたもの。


それはハナダン。
「花より男子」です。



牧野つくしがF4道明寺司を殴るあの名場面、
記憶にある方も多いのではないでしょうか。

「自分で稼いだこともないガキが、調子こいてんじゃねーよ」


「道明寺と花沢類、どっち派?」
というガールズトークが教室内を飛び交い、
まさに時代は、花男大旋風でした。
(ちなみに私は花沢類派。まーっきの)

私も学校から帰るなり、お母さんと一緒に
リアタイで花男を見ていたわけですが、



花より男子2(リターンズ)で、
初めてエンディング曲を聴いた、その瞬間。





小3のひぐちの心に
衝撃の稲妻がビビビと走り、
天変地異が起きました。




その曲は、
宇多田ヒカルの「Flavor Of Life」

ありがとう と君に言われると なんだかせつない
さようならの後も解けぬ魔法 淡くほろ苦い
The flavor of life
The flavor of life

宇多田ヒカル Flavor Of Life

恋の切なさもほろ苦さも知らないのに、
宇多田ヒカルの歌声・メロディ・歌詞が
私の琴線にギャンギャンに触れて、
気付いたら、泣いてました。


このレベルの衝撃は、
人生最初で最後だと思います。



「こ・・・この人、誰なの・・!?」

と恐る恐るお母さんに聞くと、

「ああ、たぶん宇多田ヒカルかな」

うただ?何その名前!?歌だ?

と珍しい苗字にさらに衝撃を受けつつも、
すぐに家のパソコンを立ち上げて
慣れない手つきで「うただひかる」と検索。

宇多田ヒカルさんは、15歳という若さで
あのFirst LoveやAutomaticで爆誕デビュー。

ちなみに彼女のデビュー年月日は、
私がこの世に爆誕デビューした2週間後で、
「うちらほぼ同じデビュー日じゃん!?」と
超勝手に運命を感じていた。草

宇多田ヒカル 当時15歳
[First Love]


「とんでもない人に、出会っちまった。」
と直感し、運命的な出会いを感じました。


その日から私は狂ったように、
学校から帰るなり秒でパソコンを開き
宇多田ヒカルの歌を全曲、何度も聴いて、
小3には難しかった歌詞も紙に書き出して
彼女のブログを1から全部読み上げて
宇多田ヒカルの音楽、世界観、感性、表現、
その全てに魅惑され陶酔していきました。

そして当時9歳だった私は、
「私が15歳になる時、15歳でデビューした
宇多田ヒカルと同じ感性、同じ声で歌を歌う」

という意味不明すぎる目標を決意。草。


そこから私は、今まで全然興味がなかった
「歌」に目覚め、探究の日々が始まる。


宇多田ヒカルのように歌うために
歌い方、感情表現、息継ぎタイミングまで
注意深く聴き、ケータイを持ってなかったので
任天堂DSについてたマイク録音機能を使って
DSに向かって歌い、原曲と聴き比べながら
歌声を修正し、また録音し、本家に近づけていく。

こんなことを、放課後ずっとやっていました。
毎日ずっと歌って、声が枯れてきても
「ハスキーな方が宇多田ヒカルっぽくね?」
とか思いながらとにかく歌を探求しました。
(今考えたら狂気すぎて草)


自分でもわかりません。9歳の私が
なぜあれほど宇多田さんに惹かれたのか。
そして25歳になった今も一度も飽きることなく
15年間、夢中であり続けているのか。

ただひたすらに、惹かれるのです。
長い年月をかけて「宇多田ヒカル」は
もはや自分の一部であるとすら感じます。

悲観的な物事にこそ美しさを感じたり、
無機質なものにこそ暖かさを感じたり、
シリアスな状況こそ楽しんじゃおうよとか
そういう私の感性、マインド、自分らしさは
間違いなく宇多田さんに影響を受けてるな、と。

まさに私の人生を変えた人。


宇多田ヒカルに出会わなかった人生は、
冗談なしで想像することができない。



宇多田ヒカルさんに、大感謝。
花男に、大感謝。



「私が15歳になる時、15歳でデビューした
宇多田ヒカルと同じ感性、同じ声で歌を歌う」

↑ちなみにこの決意は、22歳の時に
自分で作詞作曲した歌でYoutubeデビューする
という形で一応実現?することとなった。

よかったら聴いてください。


②革命、「当たり前」が覆る【大学生編】


お次は一気に、大学時代まで飛びます。



私の人生に大影響を与えた人、2人目。
その名は、、、、、








たけし。





だ・・・・・・・・誰???





って感じかと思います。



彼とは、大学生の時に出会いました。



彼の話をする前に、すっ飛ばした
中高時代の話を簡単にさせてください。

私は中高、硬式野球をやっていました。
素敵な仲間に恵まれ、ありがたいことに
日本一を経験させて頂いたり、青春でした。

所属してきたチームは、
いわゆるガチ体育会な組織でした。

試合に出れないメンバーも合わせて全員で
泣くほどキツい練習を乗り越えてきたし、
体育会あるあるの謎ルールも守ってきたし、
監督の指示は絶対で、期待に答え続けてきた。




そんな私は大学で、紆余曲折を経て
体育会女子ラクロス部に入部します。

このラクロス部のヘッドコーチこそが、
私の人生に大影響を与えた2人目、



そう、たけしさんです。



彼の第一印象は強烈でした。
「この人、普通じゃない。なんか、変」



初めて会ったのはグラウンド。

「あの人がうちらのコーチ、たけしだよ」
と先輩から紹介され(え、呼び捨てなん?)
そのたけしと呼ばれた男性を見ると
なんか、奇声を発していたのである。

「え、どういうノリ?これガチなやつ?」

出会ったことのないクセ強人種すぎて
とても動揺したのを覚えています。



もちろん奇声を発するだけではないですが、
部活後に部員とパフェ食べに行ったり、
ハロウィンの日にカボチャになったり。

とにかく今まで出会ってきた
「上下関係で選手の上に立つ指導者」
とはかけ離れた存在だったのです。

カボチャになってくれる指導者が、
他のどこにいるでしょうか?

ハロウィンの日の朝練で
カボチャに変身するたけし

※誤解のないように補足しておくと
彼は日本代表ヘッドコーチの経験も持つ
めちゃめちゃすごい有名人です。



真面目な話、たけしさんに出会って
「指導者」への概念が180度変わり、
それが私の価値観に大影響しています。

例えば、たけしさんに何か質問しても
答えを教えてくれることはほぼない。
「自分はどう思う?なんで?なんで?」
と逆に質問攻めにされるので、当初は
「いや、わからないから聞いてるんだが・・」
と、よく聞く気が失せてました。


でも逆に、正解を教えてくれないので
自分の頭で深く思考するようになり
オリジナルの解を編み出す癖
ができました。

高校までは、監督やコーチが期待する
プレーやセオリーを体現することが
正解だと思って行動していました。
それをやれば、上から認められるし、
怒られないし、わかりやすいし。


でもラクロス部での4年間で、
「たけしさんの期待に応えたい」
と思ったことは一度もなかった。


まずそもそも期待されてないし
具体的な要求もしてこないし
「仲間を信じて最後まで諦めるな!」
みたいなモチベ上がる系メッセージ
言われたことなんて一度もないし。
(言われたら逆にザワザワする)


逆にどういうマインドだったかというと、
「うちらが楽しいと思えることをしたい」
「うちらが最高だと思える組織にしたい」
など、モチベーションのベクトルが
常に120%自分たちに向いていました。

・たけしがどう思うか
・たけしに怒られるんじゃないか
など1ミリも気にしていなかった。

どんだけふざけたことをしようが、
新しいアイデアを取り入れようが、
たけしさんは面白がって見てるだけ。
なんなら一緒にふざけてくれる。



指導者っていうか、マブダチ?




「そこにいるだけ」的な存在でありながらも
「いるといないじゃ全然空気が変わる」存在。




彼のおかげで、私は良い意味で
「人の期待に応えない人間」
になることができたと思っています。

スポーツに関わらず、人生でも仕事でも
全ての答えや納得感は結局自分にあって、
他人にどうこう言われることでもないし、
他人にどうこう言うものでもない。

人は多様で、皆それぞれだし、
物事の正解なんて、そもそもないのだから
みんな自分らしく、ベストを尽くせばいい。


だから私は今でも、
他人の顔色、反応、期待とか何も気にせず
とにかく自分が最高に楽しいと思える人生
主体的に生きることができています。


たけしさんに、大感謝。


ちなみに、私はいまだに毎日
たけしさんに日記を送りつけています。

大学時代から続けている四行日記


たけしさんの生態がもっと気になる方は
下記の記事をご覧ください。


③博愛、人間として目指す究極像【社会人編】


さあ、ラスト3人目。
時代は社会人のひぐちへ。



私にとって彼女は、
「人間の究極ロールモデル」
のような存在です。




その名は、、





風の谷のナウシカ


みんなだいすき宮崎ジブリ作品の、
風の谷のナウシカさんです。


ここに来てまさかの架空人物うう!?
と思った方もいらっしゃるかと思います。

しかし、彼女は架空人物であるが故に
「人間として目指す究極像」として
私の心の中に大きく君臨し続けているのです。

なぜなら、現実世界に実在する人で
ナウシカのような心を持つことは
困難極まりないと思うからです。



「風の谷のナウシカ」といえば
みなさん何をイメージされますか??

たぶんあれですよね、映画のラストシーン。

ラン、ランララ、ランランラン♫
ラン、ランラララン♫

では、この映画のラストが
原作の「風の谷のナウシカ」の
たった2割の内容で終わっている

ことをご存知でしたでしょうか。


起承転結でいう、まだ、起。
あの映画は、起で終わっているのです。


原作版「風の谷のナウシカ」は
ワイドコミックで全7巻。宮崎駿が
12年にわたり描き続けた超大作なのです。


そしてこの事実を私は
社会人になってから知ったのです。


「あのエンディングの先にどんな
壮大なストーリーが待っているんだ・・!?」
と、私の知的好奇心が爆発。



図書館で全巻、読みました。



その物語の全貌は、
壮大というより、壮絶であった。
想像の100倍、壮絶な物語。

ユーラシア大陸の西のはずれに発生した産業文明は数百年のうちに全世界に広まり巨大産業社会を形成するに至った。大地の富をうばいとり大気をけがし、生命体をも意のままに造り変える巨大産業文明は1000年後に絶頂期に達しやがて急激な衰退をむかえることになった。「火の7日間」と呼ばれる戦争によって都市群は有毒物質をまき散らして崩壊し、複雑高度化した技術体系は失われ地表のほとんどは不毛の地と化したのである。その後産業文明は再建されることなく永いたそがれの時代を人類は生きることになった。

原作版ナウシカ あらすじ


1人の人間が考えたとは思えないほど
精密にこだわり抜かれた物語設定と
今の現実世界の予言書かってくらい
超リアルなストーリーに没入する。

その物語がね、もう
辛くて苦しくて悲しくて切なくて
何度も号泣しながら読みました。


物語の詳細にまで触れると
この記事の文字数限界突破するってのと
ネタバレも含んでしまうので、ここでは
「なぜ私がナウシカを、人間としての
究極ロールモデルであると思うのか」

に絞って話します。

理由1:権力と共感力の絶妙なバランス
族長の娘であるナウシカは、指導者として
民や軍を動かす権力を持っています。
他の国の指導者は、自分の権力や富に溺れて
人や環境を酷使し戦争を繰り返しています。
ナウシカは、戦争から自国の人々を守るべく
自分が持っている権力をうまく活用しながらも
自ら戦地に立ち、人々の苦しみに寄り添い、
軍人や侵略される人々を傍で支え続けます。
この「共感力」が、尋常じゃなく、泣ける。

私たちの現実世界で権力をもっている人に、
その権力で動かされる人への共感力があったら
その権力は良い方向性に使われていくんじゃないのかなあ。

ぜひ原作で、
ナウシカの共感力を体感してください。



理由2:平和への揺るぎない信念
ナウシカは戦争の中心人物でありながらも、
対話によって問題を解決しようと努めます。
どんな状況でも暴力に頼らず平和を追求する。
因縁の相手から銃口を向けられた時ですら、

「あなたは何をおびえているの。まるで迷子のキツネリスのように。」

ナウシカ

と語り、相手の内面の恐怖や見抜くのです。
このような対話を通して、多くの登場人物が
彼女の人間性に惹かれ、考えを改めていく。
極悪人物の心が洗われていく過程を見て、
「人は誰と出会うかで、人生が変わる」
という事実を、しめしめと感じます。


ぜひ原作で、
ナウシカの対話力を体感してください。


理由3:生命への無償の愛
ナウシカは、敵や味方を問わずすべての人間や
自然の生物に対して無償の愛を持っています。
人間と自然が共生する大切さを深く理解し、
生き物を利用して酷いことをする人間を諭し
穢れをもつ危険な生き物にも深い愛情で接し
全ての生命を平等に守ろうとします。

「誰も傷つけないなんてただの理想論だ」

何度そう言われても、ナウシカは
ひたむきに全ての命への無償の愛を示し、
共生を実現するために行動し続けるのです。

1匹の小さなオームや毒にかかった木々まで、
全ての命を諦めないナウシカの無償の愛に
もう涙なしでは見てられないのであります。

ぜひ原作で、
ナウシカの無償の愛を体感してください。






以上3つの理由を説明してみましたが、
ナウシカの人間性や純愛に触れると、
「私の心って、なんて汚れているのだろう」
と、自分の心の中の煩悩に気付かされまくり、
めちゃめちゃ深く反省します。

でもおかげで、今まで大の虫嫌いだった私が
「虫も生きてるもんね」「可愛らしいね」と
思える心を持てるようになりました。


自分が現実世界で生きる人間であるからには、
ナウシカのような100%純度の綺麗な心を
持ち続けることは不可能に近いと思います。

それでも、ナウシカが作中で
人間と自然の共生を目指し続けたように、
私も、ナウシカのような人を
人間の理想像として目指し続けていたい。



今、現実世界ではまさに戦争が起きたり
自然軽視による環境問題が肥大化したり
ナウシカの物語のような世界に
近づいているのでは?と思います。


本当に全人類が「風の谷のナウシカ」
を読めば世界変わるんでね?と思います。


物語としても、シンプル超絶面白い。



ナウシカに、大感謝。
宮崎駿に、大感謝。



④報恩、私の人生の意義。

今回、私の人生に大影響を与えた3名を
ピックアップして紹介してきましたが、
他にも本当に多くの素敵な人に出会い、
たくさんの影響を頂いてきました。
全ての人のお陰様です、本当に。


私の座右の銘は「報恩謝徳
今までたくさんの人から頂いたご恩に感謝し、
少しでも多くの人に報いていけたらと思います。

「報恩謝徳」
恩や支えを受け、それに対し感謝の気持ちを持ち報いること

この長ーーーい記事を
最後まで読んでくださったあなたに、
大感謝。



ではまた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?