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同じ教え方ではダメ?〜適性処遇交互作用の話〜

以前の勤務校での指導法が、転勤先ではうまくいかなかったという経験はありませんか。なぜ良い指導法がうまくいかないのでしょうか。同様に、同じ学校で同じ教え方でも、あの生徒にはうまくいくのに、この生徒ではうまくいかないことがあるのはなぜでしょうか。ここでは指導がうまくいかなくなってしまった場面の背景要因になりうる『適性処遇交互作用』について考えてみます。


適性処遇交互作用とは

グラフ:適性処遇交互作用のイメージ

適性処遇交互作用(Aptitude-treatment interaction : ATI)とは、指導の効果は学習者と教え方の相互が影響し合って決まっているという考え方です。噛み砕いて言うと、学習者の学力や性格特性、学習スタイルなどの『適性』が一人ひとり違うことで、指導・学習形態、内容、教材などの『処遇』の効果の現れ方が異なり全ての学習者にとって100点の指導法は存在しない、ということです。

ここでの『適正』は変えることの難しい学習者側の定数です。そこで、変えることの難しい特性に働きかけるより、変えることのできる教師側の変数『処遇』を学習者に合わせ、高い教育効果を生み出すべき、という発想に至ります。学習者や教師側が適切な学習法・指導法を選べた方が合理的なのは言うまでもないでしょう。

適性処遇交互作用の例

『適正』の定数としてたびたび挙げられるのは、学習者の学力(高低)、性格(対人積極性の高低)、興味関心(高低)、好みの学習スタイル(一人、グループ)などです。ここでは、X(旧Twitter)で筆者が話題にした、学力と授業スタイルの交互作用を取り上げて考えてみます。

適性処遇交互作用を考慮しない考え方

適性処遇交互作用を考慮しないと、『これが完璧な指導法だ』という考えに陥りやすくなります。例えば、上記のように、全国的に教員不足なので対面授業を廃止し、一部の優秀な教員による理想的な内容の動画配信授業とその視聴にすべきだ、という考え方です。一見経済的で合理的に見える案ですが、これは生徒の特性によってはうまくいかないと多くの教員は知っています。

適性処遇交互作用を考慮した考え方

学力と授業スタイルに適性処遇交互作用を見出すと、先程の提案には疑問が投げかけられます。学力層によって、自主的に学習できる習慣が身についているかどうかには、大きな差があるからです。上位層の高校の生徒は学校外での学習習慣が身についている一方、低位層では学習時間がゼロも多いです。そのような状況で授業が個人の努力に委ねられる割合が多くなる動画視聴のみになると、どうなるでしょうか。おそらく以下のようになるのではないでしょうか。

学力×授業スタイルによる考えうる適性処遇交互作用

勿論このグラフはあくまでイメージです。親の社会経済的地位(Socio-Economic Status:SES)が子どもの学力や学習努力格差に影響を与えることを見出した研究や現場で教授している方々の意見を踏まえ作成しました。仮に対面授業を廃止し動画授業のみになった場合(グラフでの🟠)、このように下位層は大幅な不利益を被る恐れがあります。学力下位層にとって必要なのは、質の高い授業動画ではなく、対面授業で友人と共に学ぶことや、特性を理解する教師の働きかけによるサポート等になるのではないでしょうか。

なお、高校生だけでなく、大学生に関しても、学力層によって授業スタイルの相性があるのでは、という意見も頂きました。

まとめ

完璧な指導法はなく、教育効果は学習者と指導法との相互作用で決まるという『適性処遇交互作用』について紹介しました。今回はイメージのグラフを示すのみでしたが、教育心理学の各種研究では数値の客観的データにより適性処遇交互作用が見出されています。

現場でデータを出して研究せよというわけではありません。第一に、学習者×指導の交互作用は容易に起こり得るということを考慮すべきです。第二に、上位層と下位層で格差を広げるような一律の教育方法にならないよう、生徒の実態を捉えて指導をすべきです。特に、学力で輪切りにされる高校の教員はこの点に留意すべきです。


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