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無「関心領域」は、知識と体験によって補完される

レンタル開始になるのをずっとずっと待っていた作品「関心領域」をようやく見ることが出来た。最寄りのTSUTAYAに行ったら、運良く一枚だけあってラッキーでした。アプリで無料クーポン提示したら更新料は取られたんで、サブスクにない映画とか借りようかな。やっぱさ、ジャケ借りしたやつって運試しもあるけど当たっても外れても記憶によく残ってんだよね。久しぶりにTSUTAYA行って、マイナー映画ばっかり借りてた頃を思い出した。

肝心の関心領域ですが、すごく良かったです。分かりにくい点、あえて説明しない点、考えるのではなく感じさせる点。ドイツ映画には珍しい淡々とした感じ。でももう散々感想や考察や解説はされたと思うので、どこに焦点とテーマを当てて話したらいいのか迷ってる。

やっぱり、ヘートヴィヒについてだろうか。彼女は、自分の理想の生活の為には何が犠牲になろうと構わない。それは旦那の不在も、せっかく招いたのに勝手に去って行った母親との繋がりも、彼女が謳歌する丁寧な暮らしの前には些末な問題である。アウシュビッツの女王と冗談で揶揄されても、彼女はそれを笑うが満更でもない。恐らくは裕福であっただろうユダヤ人女性が持っていた毛皮を身に着け鏡の前でポーズを取る、ポケットに入っていたつかいかけ(!)の口紅を平気で塗りドレッサーにしまう。捧げられる貢物を当たり前のように享受する。気に入らないことがあれば使用人を怒鳴りつけ八つ当たりし「お前の骨を庭に撒いてやる」と宣い振る舞う。全ては夫の地位によるものでヘートヴィッヒが努力して手に入れたものは何一つない。その有様は、もはや裸の女王様である。

任期の間に自分好みに設計し改造していった彼女自慢の家は、顔も名も知られぬまま亡くなっていったたくさんの骸の上に立っている。彼らは文字通り骨までしゃぶりつくされ、ドイツ上層部の人間を輝かせ花開かせる為の肥料になっていったのだ。そこに罪悪感などは微塵も無い。同じ人間、同じ言語を話し、同じものを見聞きしているのに。信じるものが違うというだけで、人は容易に獣にも悪魔にもなる。自分たちが正しいと思い込めば、相手の全てを奪うことにも平気で慣れてしまう。

ヘートヴィヒの母は、青空に立ち上る真っ黒な煙を、真夜中に燃え盛る赤い炎を、どんな気持ちで見てしまったのか。収容されていったユダヤ人の家のカーテンが欲しかったと彼女は言っていたが、収容された先にまでは想像が及ばなかったのだろう。

だって、カーテンが欲しかった。毛皮のコートが欲しかった。口紅が欲しかった。歯磨きの中に隠してあるダイヤが欲しかった。口の中に入れてある金歯が欲しかった。広い庭付きの快適で素敵な我が家が欲しかった、欲しかった、欲しかった。だってあいつらはユダヤ人で、お金をたくさん持っていて、私たちドイツ人よりも裕福だったから。あいつら居るせいで、私たちは貧乏なんだ。不幸なんだ。じゃあ、あいつらからみんな奪っちゃえば良いじゃん。それで、消しちゃえばいいんじゃないんの?じゃあ、どうやってーーー?

そうして、まるでただを捏ねた子どもの思いつきとしか思えないような考えの元で、たくさんの無「関心領域」が作られ稼働されたのだろう。

人間の体は、重い。
例え干からびた老人でも、持ち上げるのには成人男性数人が居る。私の親族には男性が少ないので、いつも私が持ち上げる。遺体を、棺に入れる為に。
人間の体を燃やすのは、時間がかかる。
火葬場で待っている間に食べる料理の味は、何故かいつも覚えていない。
人間の骨はとても脆く、そして軽い。
私の父は身長が高かったので、骨壺に無理やり押し込まれパキパキと音を立てた。骨壺は、私が持って運んだ。軽かった。びっくりして、泣いてしまうほどには。

私はね、虚構の中で得た知識だけで人の死については識っている「つもり」だった。でもね、本当の人間の死の悲しみも慟哭も、亡骸の冷たさも重たさも焼かれた骨の匂いも軽さも、ぜんぶ大の大人になってから知ったのよ。ぜんぶ、自分で見て聞いて嗅いで感じて考えて知って、ようやく分かったんだよ。

だからヘートヴィヒのお母さんは、きっと私と同じように分かっちゃったんだと思う。自分が、どれだけ無知で愚かで残酷だったかって。

真夜中、サーモグラフィーカメラのような画面の中でリンゴを土に埋める少女。顔付きは険しく、非常に焦っている。怒っているようにも見える。舐めんなよって。

この間読んだ、ラッパーの飯田さんが何百通と来たDMに一つ一つ返していったっていうインタビューを思い出した。

r 「でも重いやつは本当に重いっすね。笑えないくらいのレベル。コロナでホームレスになっちゃったりとか。風俗嬢の子が仕事なくなって、地方に飛ばされてすげー不安、集団で同じ部屋にいて、みたいな。本当にいろんな職業の人がいて。それでけっこう、なんか……ナメんなよ、ってなった。その人たちに対してではなくて」
t 「世の中とか?」
r 「世の中ではない……なんていうんだろ。ムカつくんだよ、みたいな。なんか、見えてるじゃないすか。みんな、ギリギリ。見えてるのに、しないっていうか。ずるくないですか?
t 「助けられるのにってこと?」
r 「なんか……お前は助けないっしょ、ってなってる感じで。ナメんなよってなるんですよ。だから別に、その人たちに対して、“かわいそう”とか、“やってあげる”とか、何もなくて。ナメんなよって感じで。主人公だったり、ヒーローだったら絶対助けるみたいな感じで。俺をナメんなよみたいなかんじで……。まあ、ここはナシでいいです」

私、どんなに落ちぶれても汚れても、死体から髪や衣服を剥ぎ取る羅生門のババアにはなりたくないかな。飯田さんみたく「舐めんなよ」って、中指立てて怒りながら真夜中にリンゴを埋める側になれるかな。舐めんなよ、バカヤローがって。そういう人に、私はなりたい。

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