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テストプレイ会の後、調べた事、考えた事の話。
名古屋テストプレイ会に行って、ボードゲームのテストプレイをお願いした記事を以前に書きましたが、あれから約2週間が経ち、自分なりに調べた事や、考えた事を振り返って書いてみようと思います。
「どこかに有りそう」を調べた結果。
テストプレイ会が終わってから、まずしたことは「どこかに有りそう」を洗い出すことだった。これはゲームの分析もあるが、似ているだけの物だった場合、世に出しても良いと思ったからだ。
結論から言うと「有った」が・・・。
まずは手札から分離した点数の「山札」だが、これは「ニャー」(洋題:Meow)の得点チップが似ている構造だった。
違いは、私の作品は「点数札は2枚公開」としたところが、ニャーの方では「1ラウンド分の得点チップが全部公開」されている所だった。更に、私の手札は「-1~+3点」までの得点範囲に対して、ニャーでは「-20~+10点」と、かなりダイナミックな得点の配分だった。
次に、敗北条件は「5本のキュウリ」に有った。
違いは、私の作品は「3枚以上、抗争カードを取ったら負け(倍点要素あり、ゲーム途中でも条件が揃った時点で負け)」に対して、5本のキュウリは「6本以上、キュウリトークンを貰ったら負け(倍点要素あり、最後のトリック、つまりラウンド終了時に計算)」だった。ちなみに、「ゲーム途中でも条件がそろった時点で負け」に関してだけは、元ネタは「ドルイド」からという事は明言しておく。
最後に「カードに能力が有る」に関しては、該当するボードゲームは「トリックテイカーズ」かな?と思った。(これに関しては探すのに苦労した)
ただ、私の作品は「ゲームの得点に関する能力」であり、トリックテイカーズの方は「ゲームそのものに関する能力」という違いが有るようだ。
という風に、「似ている物はあったが、似て非なる物」ばかりで、ドルイドの敗北決定のタイミング以外、「どこかにある物」という評価は「どこにもなかった」のだ。(ギリギリ、ニャーのシステムが危ないと思う位で)それよりも、「ここまで盛りながら、ピンポイントで被ったシステムが無かった」事の方が幸運に思えたくらいだ。
出版するかどうかについて。
さて、このゲームを出版するかどうかについては、ゲームのシステムとは別に、考える余地がある。
アートワークについて。
まずアートワークについて、筆者は別界隈で絵を描いたことが有ったが、アメコミ調の、特におじさんイラストは描いたことがない。アメリカの禁酒法の時代を題材にするので、あちら風の絵に寄せたいのだが、これに関しては別に発注をかける必要があるように思えた。どうにも「skeb」で依頼できる案件では無さそうで、「ココナラ」でリアル・アメコミ調というジャンルで発注出来そうなので、そちらを利用する事になるかと思う。
出版社について。
そして出版社の問題になるが、これについては相談会や見積もりを出してもらって決めるしかない。今の構想だと、手札+山札で54枚なので、ちょうど萬印堂さんのトランプパックに収まる形にはなるが、現行では5人プレイは1ラウンド8トリックしか出来ず窮屈な感じが否めないのと、ラウンド制を採用するので「ウィザード」や「ドルイド」のようなスコアシートか、再利用可能なスコアカード+ペンを採用したい気もするが、こだわればこだわるほど発注額は青天井だろう。スコアシートは後にPDFで発表する等、価格を下げる点も考えないといけないと思った。
最後に。
最後に出版の是非であるが、「あと1、2回テストして細部を詰めていって、問題なければGO。あとは予算の問題」としようと思う。多分、というか一番ネックになりそうな問題は予算であって、何よりも先立つものの問題になりそうなのだ。というか、なる。
あとがき。
さて、生々しい問題を残して〆となりますが、いかがでしたでしょうか?なんといいますか「案ずるより産むが易し」の精神になっていますが、その方が楽なのかもしれないと思いました。私がX(旧Twitter)でフォローしている方の言葉を借りれば、
「ボードゲーム作りのゴールは出版まで行く事」
だと、私自身も思うので。