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判決を言い渡す


2024年8月30日(金) 10:00

二度目の出頭命令がきた。
一度目は忙しいと断ったが、さすがに行かねば面倒なことになる。
眉間に皺を寄せ、行きたくねぇよなぁと、口の中で空呟きをしながらエレベーターに乗り、指定の部屋に向かって歩いた。
裁判が始まる。

「失礼しまぁーす」
そんな鬱々さを微塵も感じさせない、一変した軽い口調で部屋のドアを開けた。
俺は何もどこも悪くない、堂々と来てやったぞ感を無理矢理醸し出すため。

「ひがしですが」
社員証を見せた。
「あぁ、どうぞ」
そんな努力もむなしく、極めて淡々と事務的に個室に通された。

「ようやく来ましたね」
白衣の若い女性が無表情でスキのない口調で言った。
「いやぁ、まさにビンボー暇なしでねぇ、忙しいんですわ」
「本当に忙しい人は忙しいと言いません」
にべもない答え。
「さて、今回の検査の結果ですが、前回からさらに数値が上がってます」
女性はパソコンを見ながら告げた。

「見てください。これです」
悪玉コレステロールの数値を指し、キリっと咎める表情で私を見た。

「はぁ・・・」
「もういい加減、なんとかしないと手遅れになりますよ」
「いや、でも、本人いたって健康そのもので、なんの自覚症状もないんですがね」
「そういうものなんです、これは。何もしないとそのうちポックリ死にますよ」

「あぁ、だったら、その方がいいですわ。ヘタに長い間苦しんで死ぬのはゴメンですからね」
「何言ってるんですか。ダメです。ちゃんと対処してもらいますからね」
本気半分冗談半分で言ったのに、まるで通じない。

「そう言われても、だいたいこの数値が、どのくらい悪いのかもわからないし、こういう人って会社の中に他にたくさんいるんですよね。どうなんですかねぇ?」
ムダな抵抗と思いつつ、なんとか無罪放免に持っていくべく、屁理屈をこねた。
「ひがしさん、会社の中で上位5%ぐらいですよ。それぐらい少ないんですよ」
向こうも手慣れたもので、そんな屁理屈言う奴が多いらしく、即答してきた。

「5%?単独で?グループ込みで?」
「単独で、です」
頭の中で計算した。
「なーんだ、1500人ぐらいもいるじゃない。だったら大丈夫じゃね?」
「そういう問題じゃありません。いいですか、まず食生活を改めて、ここに書いてあるものを中心に食べてください」
献立表みたいなものを広げ、精進料理のようなものを指差した。

「いや、冗談でしょ?こんなもんばっかり食べてたら、それこそ死にそうなんだけど」
「食、べる、んぅ、ですっ」
ますます鬼の形相で、いい加減にしろと言わんばかり。
「あぁ、わかりましたわかりました。テケトーに食べますわ」


2024年8月30日(金) 10:30

「いいですか。また半年後に数値を確認します。食事は最低一年は続けること。半年様子見て、そこでダメだったら治療ですからね。適当に食べたらバレますからね。わかりましたね」
「いや、まぁ、なんとかたぶん、なんとかなるような、だと思いますよ」
なんだかよくわからない返答をした。
裁判は終わった。

判決は、食事の刑1年執行猶予6ヶ月。
まぁこんなところか。


2024年8月30日(金) 18:30

雨も上がった夜。
金曜だしということで、早速、会社の仲間と焼肉に行った。






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