
人生が耐え難くなったとき、ひとは何を思うのか(思考メモ)
人生が耐え難くなると、状況が変化することを人は思い描く。だが、最も大切で有効なのは、自分の態度を変えることだ。しかし、我々はこのことをほとんど思いつかない。そういう決心をするのは極めて難しい。(Ludwig Wittgenstein)
昨年の夏前に大きく体調を崩し、10月末〜11月頭のほんの2週間ほど良くなってきたかと思いきや、結局11月末あたりからまた不調になって、一向に薬の量も減らないまま今日まで至っております。
休学を1年引き延ばしてまで注力した事業は実力不足が相まって散々な結果に終わり、それでもなんとか食らいついてもどうにもならずモチベーションは下がり「本当は何がしたかったんだっけ、心底枯渇してしまうほど自己を駆り立てることって何だっけ」と彷徨う日々。自分が目指す世界と現実のギャップに辟易としながら、奔走すれど動かぬ壁に「本当は誰の、どんな課題をどうやって解決したいんだっけ。何でこんな基本的なこともできないクズなんだろう」と、何の進捗も生まない思考に沈澱する日々。厄災と絶望の淵を何度も覗いた2021年でした。
思えば8年前、原因不明の神経系の病に悩まされてたあの瞬間が、「死」を強烈に意識させるきっかけとなって、その時から「せめて死に際は生きててよかった」と思える人生を歩みたいと思い続けました。かのハイデガーも、現存在(Dasein)はいずれ確実に自分の存在が不可能になる(=死)ことを自覚的に受け入れて(=死への先駆)はじめて「いかに生きるか」を選択することができると説きました。
「いかに生きるか?」という問いが浮かび上がる瞬間とは?
そもそも、普通に暮らしている中で「いかに生きるか?」という問いはまず頭にすらよぎらないし、それをずっと考えているのはしんどい。どんなことがきっかけとなってこの問いが「やってくる」のかというと、おそらく(ヴィドゲンシュタインのことばを借りて言うと)「人生が耐え難くなったとき」がほとんどだろう。
これまで当たり前のように生きてきた風景が揺らぐ時、そこに「本当にこのままでよいのだろうか」という自省が生じる。それは何のきっかけもなしにやってくるかもしれないし、何かおおきなきっかけがあってやってくるかもしれない。
自分の圧倒的な力不足を自覚し、圧倒的な才能を目の前にした時、どのような反射神経が働くのだろうか。羨みか、妬みか、諦めか、自己卑下か。どんな感情を他者と自己に投影するのだろう。そしてそれらは、世界を繋ぐものなのだろうか、あるいは分断を助長するものなのだろうか。
我々は皆、人生を生きる上で他人との違い(才能、社会的地位、経済的条件等々)は端的に役割の違いに端を発しているに過ぎないと自覚しているはずなのに、どうしてそれらが優劣あるいは上下関係にあると錯覚しがちなのだろうか。資本主義的・新自由主義的価値観がその役割に優劣を投影するからなのだろうか。
「かく生きる」という暫定的決断は、それが他者への感情の投影(ああなりたい、こうなってない自分が悔しい、など)に起因する限り、おそらく分断と自己の破滅を繰り返すだろうし(自己と他者は本質的に異なる)、それが社会への正義の投影(こうなってないのはおかしい、あいつは間違っている、など)に起因する限り、おそらく正義を見失ったバーンアウト症候群に陥るか、正義と正義の闘い(万人の万人に対する闘争...)に陥らざるを得ない。
それでも「かく生きる」と決断し続けるということ
それでも、たとえそれがスナップショット的には分断を生んだり破滅をもたらしたり、闘争を誘引したりしてもなお、我々は「かく生きる」と決断を下し続けなければならないし、その中で1mmでも前進したという妥協の産物を愚直に積み上げていくしかないのだろうと思う。羨望の感情と正義の矛を動因とする人にはいかにも許し難いかもしれないが、おそらく現実はずっと「0.1mmの妥協の産物の積み重ね」という実像に近しい。
”人生は選ぶことの繰り返し。けれども選択肢は無限にあるわけではなく、考える時間も無限にあるわけではない。刹那で選び取ったものがその人を形作っていく。誰かの命を守るために精一杯戦おうとする人はただただ愛おしい。清らかでひたむきな想いに才能の有無は関係ない。誰かに賞賛されたくて命を懸けているのではない。どうしてもそうせずにはいられなかっただけ。その瞬間に選んだことが、自分の魂の叫びだっただけ。そうだろう、みんな。"(吾峠呼世晴『劇場版 鬼滅の刃 無限列車編 煉獄零巻』)
あらゆる情報にアクセスできるようになった、どんな選択もできるようになった、自分が生きたいように生きれる世界になったーひとびとはそう言うが、それは半面しか捉えてないように思う。実戦的には選択肢は無限じゃない。種々の制約があるからこそ、我々は自由を感じることができる。重力があるからこそ、空を飛べる。時間が限られているからこそ、決断ができる。
この先8年の「かく生きる」
あらゆる段階の暫定的な「かく生きる」には、その反発として往々にネガティブな何か、をもたらすことが多いように思います。例えば追うべき正義の消滅の結果としての、バーンアウト。
16歳から23歳までの8年間は、ある意味で追うべき正義を追っていたように思います。死を意識したあの瞬間から、強かに努力を積み重ねること、手を抜かないこと、他者の期待に応えること、弱者を助けること。
それはいまこのステージに自分を導くために必要であった通過点で、またさらにいま別の通過点に足を踏み入れたような感覚です。すなわち、自分が願う世界はどんな世界か(目的)、その世界のために自分の命をどう使うのか(時間)、そこにどんな自分とどんな他者が”いる”のか(存在/認識)。次の8年(24歳〜31歳)は、この3つの問い(目的-時間-存在/認識)をあらゆる形で問い続ける8年間になるような気がしています。
言うまでもなく、これらの問いは全て「死に際生きてて良かったと思える」という目的に収斂し、それはそのまま自分の身近な他者に「自分が願う世界」の一部として投影されています。自分が大切だと思う人と時間を過ごし、自分が願う世界の実現のために時間を費やすーそのために、私は「誰かの家族」「研究者」「起業家」という役割をもって存在しています。
半径5メートルから世界は変えられる、と誰かが言いました。多分それは、「半径5メートルから、自分の願う世界が実現していく」ということだろうと思っています。自分の態度=内面を変えることから、願う世界が滲み出てくる。そして、自分が願う世界のために、有限の時間と選択肢の中から選択し続ける。そんなベクトルをもった8年間にしていきたいと思います。