朽ちた憧憬
貴方の影が私の視界を黒く覆う。貴方の広い背中に遮られ、小さな灯りは行方をくらませてしまう。
浅ましい私の目を射る光明は、いつだって蜘蛛の糸の様で細く弱く頼りない。常より真直ぐに上ばかりを見ている貴方などに、如何してそれが見えようか。そう貴方には糸を手繰り寄せる意味も、必要もなかった、貴方の見通す世界にはいつだって眩い光が満ちているというのに、それなのに貴方は如何して私を振り返る。
手繰り寄せる意味ならば確かに必要はない、唯、わたしはお前を愛しているなどと諳んじる。
それが可笑しいか、と愚直に笑う貴方の真直ぐな眼は、近頃私の朧な肩口を透かしどこかへと抜けていってしまう。
計算も収集もつかぬ感情で蕩け切った貴方の眸が憎い。
貴方の眸に映っているであろう、実に浅ましく、呆けた顔の人間など、尚更狂おしいほど憎い。
例え天が落ち大義を潰したとて、貴方はその膝を折ってはならぬひとだった。貴方の背に淡い夢を重ねた過日の私をもう振り向けはしない。滞留に滞留を重ね怨嗟にも似た憧憬が滞る眼は、太い背骨を断つ程の執心で貴方を欲し、貶めようと睨みつけている。
いっそ何処か遠くへ旅に出てしまおうか。貴方の目が届かぬ場所で朽ちてしまおうか。貴方の行く末を憂うのは唯の己惚れと知りながら、広い背の中を私は許されるがままに泳いでいる。ねえ武骨な掌で私を愛さないで、つまるところそれだけが私の望み。私のいとおしい貴方はもはや貴方では在りえない、ああ何故解らない、惨めな空白をいとおしむ心を如何してその腕で貫いてくれないの。
貴方の抜け殻を愛でようとする軽薄なこの指を、私は何時まで縛り付けていられるものか。
私を支える貴方の腕の、ああなんと重い事か。
(2013/06/03 再掲)
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