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~2000字前後の短編・掌編です。
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絶景病

 いま思うと彼は写真をこじらせていた。まだ見ぬ景色を撮るんだ、などと言って、暇さえあれば町中のどこでもシャッターを切るような人間だった。ごみ捨て場がラベンダー畑にでも見えているらしかった。彼が突然立ち止まるものだから、街ゆく人たちが奇異な目で見てくるので、連れ立って歩く時は恥ずかしい思いをしたものだ。  私はいつも彼の画角にうっかり入ってしまわないように、一緒にいる時はひたすら彼の背後を取ることを意識して歩いた。殺すほど憎くもない男の暗殺者になった気分を味合わされたのは、後に

仲間

 宅配業者から「お届け物です」と言われて受け取ったダンボール箱は思ったより小さかった。中に試供品の仲間が入っているとは、あの配達員の男性も思わなかったのだろう。 「はじめまして。私はあなたの仲間です」  そこに入っていたのは男か女かよくわからない、すくなくとも人間のかたちをしてはいる、見た感じ二十歳前後の若者だった。  「仲間、あげます」という怪しいハガキを受け取って、SNSで話のネタにでもなればと思い無料お試しサービスに応募してみたものの、まさか人間っぽいものが送られて

部屋の片隅で

 結露した窓硝子にいつまでも寄りかかっていて寒くはないのだろうか。ご飯ぐらい椅子にすわって食べなよ、私が何度言っても彼はまるで聞く耳をもたず、眼鏡の奥にみえる切れ長の瞳を手許の電子書籍端末に落としつづけている。本を読む趣味がない私には、なにかめずらしい虫でも探しているみたいに見えた。 「そんなに下を向いてばかりいるといつか目玉が落っこちるよ」 「そうかもしれないな。君がそう言うなら」  いったい私をなんだと思っているのだろう。仕方がないので、鍋の中でまだぐつぐつと煮えてい

どこまでも続く青い空

 どの道終点がないとわかっている迷路なら標識をみて立ち止まらなくてもよい。壁が綿菓子のような雲でできているなら、分解された雲を引きずりながら突き抜けていってもよい。  青空の道はいくら迷っても終わりが見えない、すれ違う迷子たちと挨拶をかわすだけの場所。  地上からみた空はあんなに自由に見えたのに、いざ来てみると何もない。ただ青いだけだ。点在する展望台からみえる地上の景色だけがきれいだ、望遠鏡にうつらない範囲はきっと今日も燃えているのだろうと頭のどこかでわかっていながら、わたし