杜の都のRocknRollerが青春時代に聴いた邦楽ROCK名盤 70年代編
こんにちは、Hideです♬
今回は、私が選んだ昭和の邦楽ROCK名盤を、年代別に紹介したいと思います。
私の独断と偏見(笑)で選ばせていただいたのであしからず~
では、初回の今回は70年代編からいきます。
私の小学生~中学生だった時期です。
①黒船 / サディスティックミカバンド 1975年11月5日発売
このアルバムはリアルタイムではなく40歳前後に初めて聴いたのです。
この時代にしては、ファンキー且つエキセントリックで洗練されていた感じですね。
収録曲「タイムマシンにおねがい」は2006年に木村カエラをボーカルに迎えて再発売される。
*こちらは「タイムマシンにおねがい」木村カエラがVol.バージョンですね
当時イギリスやアメリカでも発売されたが、日本では商業的な成功には至らず。
当時のメンバーは、
加藤和彦 - Vocals, Guitars 元フォーククルセイダーズ
ミカ - Vocals 加藤和彦の妻
小原礼 - Bass, Vocal, Percussions シンガーソングライター尾崎亜美の夫
高橋幸宏2023年1月11日70歳逝去 - Drums, Percussions 後にYMOメンバーとしてドラムスを担当 プロデューサーとしてピンクレディーやシーナ&ロケッツ、TOKIO等幅広いジャンルで活躍 桜田淳子、竹内まりや、田原俊彦他多数の歌手に楽曲提供 山下達郎、泉谷しげる、荒井由実、オフコース、矢沢永吉等多数の作品に、キーボード・ドラムの演奏で参加
今井裕 - Keyboards, Saxophones 後にアレンジャーやプロデューサーとして活動
高中正義 - Guitars 後に井上陽水のアルバム氷の世界他にも参加 ソロギタリストとして成功 YMOのアルバムにも参加 中森明菜「十戒」を作曲レコーディングにも参加 1989年名探偵コナン 14番目の標的 オリジナル・サウンドトラックにも参加、その他多くの有名歌手やアーティスト達のレコーディングに参加している日本を代表するギタリスト
*アルバムタイトルにもなっている「黒船」高中ソロ後もLIVEで演奏されている名曲である
加藤ミカはメインボーカルだが、曲により加藤和彦も歌っている。
高中のギターがメインのインストロメンタル「黒船」は高中のソロライブでの披露されている。
ユーモアもあり、ロックマニアでない人でもすんなり聴ける一枚です。
後述のCAROLとのジョイントライブツアーを行ったりと活動の幅が広かったバンドです。
②CAROL「燃え尽きる~ラストライブ」1975年5月15日リリース
やっぱり来たか~矢沢つながりと思われますが、日本ロック史上伝説のライブなのでこれは矢沢・キャロルファンならずとも外せないライブアルバムです。
当時、長髪で生ギターを抱えて歌うフォークブームの中、革ジャンリーゼント、バイクにまたがる姿で川崎から現れた4人の若者達が、世間に衝撃を与えました。
ミッキーカーチスのプロデュースでデビュー。
*CAROL最大のヒット曲「ファンキーモンキーベイビー」
”ロックは不良”と呼ばれた時代だったが、キャロルが日本音楽界に残したものはファッション的な部分だけではない。
ビートルズのレノンマッカトニー同様、作詞ジョニー大倉(2014年11月19日62歳で逝去) 作曲矢沢永吉のコンビは、日本語はロックンロールには乗らないという論争を見事に一蹴した。
英語と日本語のチャンポン詩を編み出し世に広げたジョニー大倉の功績は偉大であると矢沢が語っている。
またCAROLの革ジャンリーゼントのコンセプトを最初を発案したのはジョニー大倉であった。
私個人の見解ですが、ジョニー大倉との出会いがなければ、現在の矢沢永吉もなかったと感じています。
解散後、矢沢はソロデビューして大成功、ジョニーは俳優として評価を得た。
ファンとしてはもう一度永ちゃんとジョニーが一緒にステージに立つ姿を観たかったです。
当時小学4年生だった私も、記憶の中にキャロルという名前は刻まれていました。人気ドラマだった「夜明けの刑事」にも出演して話題になった。
1975年4月13日、雨の中日比谷野外音楽堂での解散ライブを行う。
*日比谷のラストLIVEで演奏されたCAROL最後のシングル「ラストチャンス」
最後の曲終了後に演出用の爆竹から火災発生、日本ロック史上に残るやらせ無しのハプニングだった。
異端児的な存在だったキャロルらしい最後だったと感じています。
代表曲は「ファンキーモンキーベイビー」「夏の終わり」
③西遊記 / ゴダイゴ 1978年10月25日リリース オリコン最高週間順位1位、オリコン登場回数41回 オリコン1979年度年間順位1位
日本テレビで放映された、堺正章主演のドラマ「西遊記」のオリジナルサウンドトラック盤、全曲英語詩。
*日テレドラマ「西遊記」のオープニング
「THE BIRTH OF THE ODYSSEY〜MONKEY MAGIC」
ドラマのエンディングテーマだった「ガンダーラ」も英語詩でエンディングのバージョンも違います。
当時レンタルレコード店がなかったので、このアルバムを持っていた後輩から借りてカセットテープにダビングして聴いていた。
「ガンダーラ」はレコーディングの際、6本のアコースティックギターを重ねて録音した。
テレビではギター担当の浅野氏は日本製ギターグレコの12弦ギターを使用していました。
ドラマで流れる曲が入ったアルバムだったので、あっこれあの場面で流れた~とか感じて楽しく聴けました。
*ドラマ「西遊記」のエンディングテーマの「ガンダーラ」三蔵法師(夏目雅子)が旅する映像が流れる日本語バージョンのガンダーラ
YMOがブレイクする以前に、リーダーでキーボードとアレンジを担当していたミッキー吉野のシンセサイザーが西遊記のイメージにぴったりはまっていました。
このアルバムは中学の周りの友人たちからも「良かった~」の声が多かったですよ!
聴きやすいお薦めの名盤です。
④10ナンバーズ・からっと / サザンオールスターズ 1979年4月5日リリース
オリコン最高週間順位3位 オリコン1979年度年間順位3位 レコード大賞ベストアルバム賞受賞
デビュー間もない頃で、現在とは違い過激な歌詞が多く、歌詞カードには記号が記載され、未だに正確な歌詞は発表されていない。
現代ではコンプライアンスに抵触しそうですね(笑)おおらかな時代だったのですね。
*収録曲から「ラチエン通りのシスター」LPは私も買った 好きな曲です
当時のサザンへの私の印象は、なんてめちゃくちゃな歌を歌うバンドなんだという印象でした。
このアルバムはLPレコードで私も購入しました。
セカンドシングル「気分次第で責めないで」(アルバムバージョン)や名曲「いとしのエリー」収録、アルバム発売後に「思い過ごしも恋のうち」がシングルカットされている。
10曲中3曲がシングル盤になっている。
デビュー2年目でライブやテレビに引っ張りだこだった桑田は声がかなり枯れていた。
1曲目の「お願いDJ」は当時桑田佳祐が担当していた「オールナイトニッポン」のオープニング曲として流れていました。
*シングルカットされた「思い過ごしも恋のうち」
当時の私は世良公則率いるツイスト派でしたが、このアルバムは聴いていて楽しかった印象がありましたね。
私が好きだった曲は3曲目の「ラチエン通りのシスター」でした。
こちらも西遊記と同じく、中学の仲間達が皆聴いていました。
もちろん貸してくれとよく言われたLPレコードでした。
⑤SOLID STATE SURVIVOR ソリッドステートサヴァイヴァー / イエローマジックオーケストラ
1979年9月25日リリース オリコンLP最高週間順位1位 1980年度オリコン年間LP順位1位 1980年度総合順位2位
レコード大賞優秀アルバム賞受賞
1985年にはイギリスで1992年にはアメリカでリリースされた。テクノPOPというジャンルですが、もうこのアルバムの影響力といったら、ものすごいものでしたね。
YMOがブレイクして以来、歌謡曲からロックまで、猫も杓子も各ミュージシャン達がシンセサイザーを取り入れだしました。
*アルバムのオープニング曲「Technopolis」
YMOのおかげで日本の音楽の音色はシンセサイザーで大きく変わりました。
そしてもみあげを短く切るテクノカットがブームになり私の高校でも盛り上げカットが流行しましたよ。
このアルバムの1曲目の「テクノポリス」も良かったですが、「ライディーン」はメロディーが格好良くて、後に携帯電話の着メロにもしました。
*YMOの人気曲「Rydeen」
私が高校生になった時に話題になり、ピコピコサウンドが大流行、東京原宿では竹の子族というのが現れ、カラフルな衣装を着てYMOサウンドに乗って踊っていましたよ。
元ハッピーエンドの細野晴臣と元サディスティックミカバンドの高橋幸宏そして、若手の有望株として抜擢された坂本龍一が組んだYMOは現代音楽に多大な影響を及ぼしたと言えますね。
東京学芸大大学院修士の教授こと坂本龍一さんがメインでシンセサイザーを演奏しておられました。
今年に入りドラム担当の高橋ユキヒロ氏と坂本龍一氏が亡くなり、YMOは細野晴臣氏だけになってしまいました。
もう一度三人で演奏する姿が観たかったですね。