情熱の王国/カルロス・サウラ監督
スペインのカルロス・サウラ監督の「情熱の王国」を見る。今回初めてサウラ監督の作品に触れるのだが、1932年に生まれ、昨年2023年に91歳で亡くなっている。「ミツバチのささやき」のビクトル・エリセ監督(1940年生まれ)より一世代上になろうか。サウラ監督もまたフランコ政権に強く反発したひとりである。
メキシコのとある劇場で、演出家のマヌエル(マヌエル・ガルシア=ルルフォ)が、若者が演じるミュージカルの主演と共同演出とをサラ(アナ・デ・ラ・レゲラ)に求める場面から始まる。ともに40代ぐらいだろうか。二人は元々婚姻関係にあり、まあ何というか…マヌエルがサラに復縁を迫る「お決まり」のドラマのように見えなくもない。
マヌエルがビニールのシートをめくると、事故で大破した車と、車内に閉じ込められて呆然とする女性(人形)の姿がある。これがこの舞台のセットらしい。映画の枠組みでみれば、自動車事故で半身不随になった振付師(サラ)と、ミュージカルに出演する若者たちと、それぞれの「葛藤」を描く物語ということになろうか。メキシコ音楽とミュージカル。マヌエルは舞台の演出にメキシコの歴史と「現代性」を織り込み、暴力が横行するメキシコという社会の現実を表現したいとサラに打ちあける。そのために、どうしても「君の力が」必要なのだと。
サラは車椅子に乗り、若者たちの振り付け指導をしつつ舞台の演出を練っている。彼らの中で頭角を表す男女3人が中心に描かれ、その中のイネスがもうひとりの主人公となる。イネス役を演じるグレタ・エリソンドはメキシコ国立バレエ団のソリストで、ひときわ美しい身体表現を見せる女性だ。マヌエルとサラが共同で作る舞台/劇場空間に、主役ダンサーとしてのイネスと彼女の私生活/家族(母親・父親)とが交差しながら物語が進行し、メキシコ社会(その暴力)に対する絶望と同時に、私たちはまた「希望に導かれる」存在でもあること問うのではないか。例えばゴミ捨て場に遺棄された父親の亡骸が覆われたシートをイネスがめくる時、あるいは恋人役が持ち上げる花嫁の白いベールの下の死神と、絶望の縁にある「自分」という人形を外部から見つめるサラの時間が別々の時空に立ち上がる時、何かが生まれるのではないか。
ひとつひとつの状況はやや煩雑にも見えるが、実際はそれらは物語の中で入れ子状になっており-というのは映画(および舞台)の冒頭とエンディングとの対応関係から見て取れるわけなのだが-その「全体」をサウラ監督と私たちとで「同時に」見下ろすという構図になっているようだ。それはまた、スペイン内乱を経験した監督の、最晩年のメッセージとも取れるのではないか。どうしても「君の力が」必要なのだと。
監督:カルロス・サウラ
出演:アナ・デ・ラ・レゲラ | マヌエル・ガルシア=ルルフォ | グレタ・エリソンド