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野矢茂樹「哲学の謎」(読書)

この本は1996年発刊で、私が読んだのは2018年の第三九刷。長く読み続けられている本です。野矢茂樹先生は、立正大学教授で、東京大学の名誉教授でもある方です。

https://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000146748

目次:
●はじめに
●意識・実在・他者
●記憶と過去
●時の流れ
●私的体験
●経験と知
●規範の生成
●意味の在りか
●行為と意志
●自由

目次はこうなっていますが、よくある哲学書のように、難解な哲学問答を敷衍するものではなく、哲学的なアプローチや思考法を会話形式で示してくれています。筆者ご本人の哲学的思考を文字に起こすというとても正直な取り組みをしていると私は感じました。

ヴィトゲンシュタインやベルクソンを真っ向から読もうとして挫折をした私としては、学生時代にこの本に出会っていればよかったと思いました。

難しいことを難しく書くことは、もちろん高い能力が必要ですが、難しいことを易しく書くことは、とても難しく特別な能力がいることだと思います。

哲学書には哲学の独特な術語(専門的な学術用語)が多用されますが、多くの哲学者は術語が理解されていることを前提に論を展開します。言い方は悪いですが、術語が理解できない者を切り捨てるわけです。この本はそいう姿勢は一切ありません。

術語を駆使して論を進めることによって、哲学の意味空間を緻密に構築していくことが哲学の取り組みと言ってもいいと思いますが、この哲学の作業はどんどん専門分化していき、本質や普遍性を追求していくという哲学本来の目的とは裏腹に、論述行為自体は特別な作業となっており、本質的でもない、普遍性に欠く行為になってしまうというパラドックスがあります。

このパラドックスを回避するには、難解なことを難解にではなく、難解なことを誰にでもわかるように平易に書くという姿勢が必要だと思います。物事を複雑にするのでなく、こんがらがった紐を解いていくように単純にすることだったり、誰にでもわかるように言語化することが必要です。

しかし、難解な理論を平易に書くというのは、実際は「言うは易く行うは難し」だと思います。

まずは、ヴィトゲンシュタインやベルクソンを始め、数多くある哲学書を網羅的に理解することが必要です。そして、この広範な哲学体系から、目次にあるようなキーワードで共通項を抽出して、理論を組み直すことも必要です。そのうえで、誰にでもわかるような身近な話題や事柄を例にして説明する。まさに「言うは易く行うは難し」です。

おそらく野矢茂樹先生は、このような大変な作業を惜しまずにやったのだろうと思います。その結晶がこの本で、哲学書としてとても親切に書かれていて、哲学的な論理的思考法を学ぶのにもいい本です。

ちなみにこの本は「哲学の謎」というタイトルになっていますが、「哲学の謎」の答えは一切解き明かしてはいません。そのかわり「哲学の謎」を探求し続けることが哲学だという本質的なメッセージが込められているように思います。

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日出丸
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