Vita Sexualis 浦上咲との性活点景 α
「今日は・・・少し呑もうか・・。」
咲が珍しく言った。部屋の片隅のベビーベッドには、
はるかがくうくうと小さな命を
思い切り育むように寝息を立てていた。
「・・・珍しいな・・。」
「ふふ・・そうかな?」
咲は笑いながら酒肴の用意を始めた。
「・・・ね、ちょっと待っててくれる?」
「・・・?」
咲は僕の顔をじっと見つめながら小さく微笑んだ。咲は隣の部屋に入り、襖を閉めた。
「・・・いいよ・・。開けてくれる?」
咲は襖越しに言った。僕は襖を開けてそこにいた咲を見て驚いた。
妖しくアップに結い上げた髪と鮮やかなルージュ、
そして男を誘うがごとくの衣装と・・。
まさしくそこに『シンシア』がいた・・・。
「・・・咲・・・。」
「・・・『シンシア』・・・生き返らせちゃった。」
「・・・・・。」
「・・イヤ・・・?だった?」
「いいや・・、そうじゃなくて・・。」
僕は何か咲にすべてを見透かされたような気がして少し落ち着かなかった。
「なんねぇ・・・」
咲はすっかり『シンシア』の口調になっていた。
「なぜ・・・急に?」
「・・・『シンシア』が耕作に逢いたかーー、ゆうてきかないけん・・。」
『シンシア』はしなを作って僕に寄り添った。
咲はひょっとして多重人格なのではないかと思うほど、
いつもの咲とは豹変していた。
「・・・はるかにも『シンシア』・・・見せておきたい。」
「・・・それは?」
「咲としてのあたしは・・、もう滅びる運命かもしれない。
はるかをこの世に生み出したという使命なら、
神はきっとあたしをまもなく傍に召すと思うわ・・。」
「・・・・。」
「だけど、はるかの中に、いつか『シンシア』が蘇る気もするから・・。」
咲のせつない告白だった。
同時にそれは僕に対する問いかけでもあった。
(あなたの人生の使命は何?)
咲は、いや、『シンシア』は無言で問いかけていた。
「僕は君に巡り会うため生まれたのかも知れない。」
「それは、『咲』にでしょ?」
「・・・・。」
僕はしゃれた言葉を言ったつもりだが、
そこで咲の悲しそうな目を見た。
「それなら、耕作も死んじゃうじゃない・・・。」
「・・・え?」
「考えて、はるかはこの世に生を受けたのよ、
あなたとあたしの運命で・・・。
あたしの使命が終わるならあなたの使命だって終わるって事だわ。」
「・・・・・。」
「・・・だから、あたしは今『シンシア』になってるの・・。
耕作の使命は終わらせたくない・・・。
あなたには生きてほしいのよ・・・。」
「・・・・・。」
「・・耕作、お願いだから『シンシア』も愛してよ。」
僕は咲の気持ちが痛いほど解った。
しかし、咲らしくない言葉だとも思った。
咲はこのところ僕の身を妙に案じるようになっていた。
いつしか、僕も咲以上に自分の命の終わりを深く考えるようになっていた。
咲が自分の不安な気持ちを安定させるために出した結論が、
結局周りの無常をも深く考えさせる結果になっていたのかも知れない。
咲は『予定説』に縛られているのかも知れなかった。
それが、もっとも愛する僕に
自分を同化してしまう結果になっていたのかも知れなかった。
確かに、「シンシア」は神の「予定外」の存在として
咲が自らを因として作り上げたものだった。
はるかの中に「シンシア」が蘇ると言った中には
「シンシア」というものが形を変えながら
新たな因や縁を生んで続いていくことを
意味しているような気もしていた。
その気持ちは解らないわけではなかったが僕も
「予定説」にはまるべきなのではないかと密かに考えていた。
僕は意を決して言った。
「僕が本当に愛するのは『咲』だよ・・・。」
『シンシア』はぽろぽろ泣きながら、咲の顔つきで僕に言った。
「・・耕作の・・・ばか」
咲は、すっと立ち上がると髪を解き、
洗面所に行って化粧を落としたあと、
僕の前ですべて脱ぎ捨てて、
何のてらいもなくあっという間に素裸になった。
「・・耕作も・・・脱いで・・・。」
咲は言うやいなや僕に覆い被さり、
僕の着ていた物をすべて取り去った。
柔らかい咲の体の感触や匂いの中で僕は咲を求める反応をした。
「あたしも、あなたも今日は素のままで・・・呑もうよ。」
「・・風邪ひくぞ・・・。」
「大丈夫・・・。こうしていれば。」
咲は僕にその裸身をぴったりと寄せた。
「・・・耕作・・・温かい・・。」
「・・・うん・・」
「乾杯しよう・・・。」
僕たちはそのままゆっくりと酒を酌み交わし、
自然に一つに溶けた。