寄生虫なき病
「寄生虫なき病(原題:Epidemic of Absence)」という本(文芸春秋)。
寄生虫、細菌、ウィルス、一般的に人間にとって有害とされているこれらの気持ち悪い生き物の大部分は人間にとって無害なだけでなく、実は進化の過程で互いにバランスを取りながら、共存共栄の関係を営々と築いてきた共生者だったことが分かってきている。
だから、寄生虫駆除や抗生物質やワクチンで、これらの(一見有害な)共生者を駆除すると人間の体の中の生態系のバランスが崩れ、自己免疫性疾患(多発性硬化症、喘息、それになんと自閉症までも)やアレルギーが引き起こされるのだそうだ。
最近、胃潰瘍の原因菌と特定されているピロリ菌でさえ、ある状況の下では人間にとって存在価値があるものなのだと言う。
原理主義というのは、どんなものであれ、それが目指していた目的とは逆の結果を招くことが多いが、今の医学や疫学は「清潔原理主義」に陥っている、というのが著者の指摘するところ。ところが、それが行き着くところに何があるのかについて個々の研究者に意識されることは少ない。
現代の難病とされているもののかなりの部分は体内生態系のバランスの崩れによるものであり、このようなインバランスを放置すると人間の免疫系が暴走して取り返しのつかないことになるリスクがある、ということがこの本の主題だ。
たしかに細胞の数で比較すると、体内の微生物の数は人間の体の細胞の数の10倍だそうだから、人体の中にいる細胞に直接民主主義があったら、人体細胞は少数与党であり、腸内の善玉菌と連立内閣を組まない限り円滑な政権運営は難しいというのは分かる気がする。人間というシステムは人体細胞だけで完結しているのではないという点では腸と脳とも主張は共通している。
本書の主張は、徐々に学者の中でも少数派ではなくなりつつあるようけれど、この本に書いてあるような人間の体の中の生態系のバランスを考慮した医療が普及するまでにはまだ相当時間がかかりそうだ。説得力があり過ぎて、読むにつれて少し憂鬱になるところもあるが、人間と寄生虫や細菌との関係について、とにかく興味深く面白く読ませてくれる。