【没頭ということばの定義】
こんばんは。毎週キングコングのファンの方は是非ご一報ください。語りたいです(笑)
さて、今日話したいことは、、、
「没頭」という言葉の定義について考えてみる
という内容です。
ちなみに今回は、10月3日(日)〜10月31日(日)の期間開催している企画の記事になります。
ざっくり言えば、「ことばを自分なりに定義して、大切な価値観を見つけよう!」という企画です。
ぜひ、ご参加ください(^^)
というわけで、本題にはいります。
▷没頭におけるイメージの変化
ぼくは「没頭」ということばを大事にしてきました。
というのも、「没頭」から人の創造が生まれたり、本当の意味で人生を楽しむことができるからです。
今までは「没頭には集中力が必須である」という考え方でしたが、ここがだんだんと変化してきました。
もちろん、「没頭」の状態は“集中している”と言えます。
しかし、あくまでそれは結果的にそうなっているだけであって、「集中力がないと没頭できない」という文章は成り立たなくなりました。
▷没頭ということばの定義
では、「没頭」とはどういうことなのか。
結論から言うと以下のようになります↓
「没頭=心が楽しいと感じることを突き詰めること」
例えば、今のぼくだったら、「人間にとって深い問いを考えること」や「ウクレレを練習すること」が当てはまります。
子供が砂場で夢中になって泥団子を作ったり、積もっている雪の中にダイブしたり、これこそが「没頭」の姿です。
心が楽しいとか、心地いいと感じていないことを無理やりやることは、ある種「修行」であって、「没頭」とは違う姿です。
ここを明確に区別することが、めちゃくちゃ大事だと思います。
▷おわりに
今回は「没頭」ということばの定義について考えてみました。
ちなみに、冒頭に紹介した、「ことばの定義を考えよう」という企画は、今月末まで続いていますので、もしよければご参加ください!!
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では、今日は以上でーす!
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