人生100年時代、私には長すぎです
地域密着型介護予防教室でヨガのクラスを担当しています。70~80代がほとんどです。みなさん「寝たきりにはなりたくない」「死ぬまで自分の足で歩きたい」「認知症を予防したい」などの不安を持たれてます。
とあるレッスンの日、ひと声かけました。「人生100年時代と言われるようになりました。みなさん、あと20年は動ける体を維持したいですね」
教室は私語が飛び交う自由なムード。「あと20年?・・ぞっとするわ」と誰かがぼそっと言いました。普段なら笑いが起きるはずなのに、シーン・・。本音でした。
続いてフィットネスクラブでの会話。私がロッカーで着替えていたら、そばのイスから女性の会話が聞こえてきました。
「あんた何年生まれ? 私14年」
「あっそう私は13年」
「やっぱり。同じぐらいやと思てたわ」
「年いったら、しんどいな」
「しんどいわ」
「おかげさんで、ここに来させてもらってありがたいけど。もうええな」
「うん・・。今年でお迎え来てもええ」
「しゃあけど、そんなん人に言うたらバチ当たるしな」
「生かしてもうてるもんな」
これも本音です。
長生きは良いこととされていますが、実際ご本人たちは、良しとしてない方もおられます。でも、そんなこと口に出しては言えません。長く生かせてもらってるのに、バチが当たりますから。
介護の仕事をしてきた私は今、64歳。これまで「人生の最終段階、介護が必要になった方々」と深く関わりました。それ以外に成年後見人の活動もし「判断能力が困難な方の財産管理や身上保護」を亡くなるまでサポートしてきました。
つまり、私は人生の半分の間「介護が必要となり、お亡くなりになるまでのプロセス」を個別に数多くみてきたのです。
それとは反対に、理想的な老い方(寿命ぎりぎりまで元気で自立して生きる)をした人は、ほとんど知らないのです。
現在、健康寿命が男性72歳、女性75歳と言われています。そこから人生100年も生きると25年以上。「健康上の問題で日常生活が制限されてしまう期間」を生きていかなければなりません。
介護が大変と言われますが、お世話をされる方もつらいです。「できることなら自分でしたい。どうしうようもないから人に頼まなければならない」しっかりした人ほど、プライドが傷つきジレンマが生じます。
私が若い頃「自分は平均寿命まで生きるだろう」と漠然と思ってました。ところが、この仕事をしてから、だんだんと「長生きはいいことなのか?」「平均寿命の87歳まで生きたらどうなるのか?」リアルに考えるようになりました。今は健康寿命の年齢ぐらいでちょうどいいのでは、と思ったりします。
自分が長生きするデメリットをいくつか挙げてみます。
①逆縁(親より先に子が亡くなる)の確立が高くなる➡自分が年をとれば当然子供も年を取る。
②加齢で仕事ができなくなる可能性が上がる➡生活するには仕事続けないといけない(年金だけではムリなので)
③若い人に負担をかける➡年金も頂ける上、もし医療や介護にかかれば、働く世代が納める社会保障費を使うことになる。社会保障費は問題にされている。
④地球の資源をつかってしまう➡生きることは、地球の生き物や資源を頂くこと。人口が増えているご時世、長く生きるということは、個人の取り分を減らしてしまう。
このようなことを書いて、贅沢だと思います。平和な日本で、食べることにも困らず、便利で安全な暮らしができました。しかも64年も過ごせたのですから・・。(仕事もできて、好きなダンスもできて、ありがたいことです)
私の人生を振り返ると、常に誰かの晩年の姿をみてきました。
姑さん、介護や相談の仕事、成年後見人の活動、父親、現在も認知症(グループホームで)の方々。
なんでやろ? 考えてみました。
介護が必要とする方が多くいた➡介護保険制度が始まった➡そのおかげで職に就けた➡シングルマザーでも食べていけた➡結果、助けてもらった➡どう恩返しするか
恩返しは、介護予防の活動です。
「介護が必要になって、本人や家族が長く負担になってしまうケース」を減らしていきたい。まずは、自分のため家族のために。そして地域の身近な方々へ、お金がかからず役に立つことをやっていきたい・・。
ぼちぼち、進行中です!