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生計困難者レスキュー事業のソーシャルワーク実践 ~社会福祉士が取り組むSDGs目標1「貧困をなくそう」の推進~


貧困をなくすために。生計困難者レスキュー事業の実践

皆さんは「貧困」と聞いて、どんなイメージを持ちますか?
国際的なニュースや遠い国の話として捉える人もいるかもしれません。でも、実は私たちの住むこの日本でも、日々の生活に困難を抱える人々が存在しています。そして、彼らを支えるために、福祉の現場では様々な取り組みが行われているんです。

その一つが、私どもの社会福祉法人悠久会が参画する「生計困難者レスキュー事業」。この事業では、経済的に困難な状況にある方々を支援し、彼らが社会で自立できるようサポートしています。本記事では悠久会が取り組むレスキュー事業について担当のCSWにインタビューし、SDGsの達成への取り組み(SDGs目標1「貧困をなくそう」)や社会福祉法人が果たすセーフティネットについて解説。また、レスキュー事業を通して社会福祉士(ソーシャルワーカー)の専門性にも触れたいと思います。

末吉事務局員

インタビューを受ける人:末吉勇介
社会福祉法人悠久会の法人事務局所属、社会福祉士。生計困難者レスキュー事業の担当CSW(コミュニティソーシャルワーカー)

理事長 永代秀顕

インタビューを行う人:永代秀顕(ながよひであき)
社会福祉法人悠久会の理事長。認定社会福祉士(障がい分野)

※本記事を詳細に解説したものが下記「社会福祉法人悠久会」のブログ記事となります。より詳しく知りたい方は下記の記事もあわせてご覧ください。

生計困難者レスキュー事業とは?

生計困難者レスキュー事業
生計困難者レスキュー事業は長崎県内の複数の社会福祉法人が連携し、拠出した基金(生計困難者レスキュー事業基金)をもとに生計困難者を支援する事業です。(約100の社会福祉法人が参画)
長崎県社会福祉法人経営者協議会において組織され、圏域単位の10ブロックに区割りし活動を行っています。

■対象者
緊急的な支援を必要とする生計困難者(生活保護の対象ではない方)
■支援内容
福祉専門職による相談支援及び食料等の現物給付等の経済的援助の実施
■特徴
福祉制度が直ちに使えない状況下においても、行政や社協等との関係機関と連携し福祉制度につなげるまでの緊急的援助を行うことが可能です。
(1ヶ月以内の期間及び10万円以内の現物給付を基本)

生計困難者レスキュー事業の支援プロセス

  1. 生計困難者より相談を受け付ける
    相談のきっかけは、主に市役所の福祉課(生活保護課)経由で相談が寄せられます。

  2. 一次判定
    幹事法人となる社会福祉法人のソーシャルワーカーが「生計困難者レスキュー事業」の支援対象者となるかどうかの判断を行います。

  3. 二次判定
    CSW(コミュニティソーシャルワーカー)が実際に生計困難者の自宅等に訪問し、アセスメントを実施します。

  4. 支援計画の策定
    アセスメントをもとに生計困難者に対する具体的な支援計画を策定します。

  5. 支援実施
    必要となる食料や日用品の提供、公共料金の支払いなどの現物給付を行います。

  6. フォローアップ
    支援後の対象者の生活状況の確認と、更なる追加支援が必要かどうかの判断を行います。

生計困難者レスキュー事業の現場から ~再就職までの生活支援~

最近、就職活動に成功したAさん。これからの生活の目処が立ち安心したのものの、再就職→初給与支給までの「生活の壁」が迫っていました。初給与の支給までの数週間、手元の生活費はほとんど尽きかけており、公共料金の未払いによってライフラインが次々と止められていく…。電気やガス、水道だけでなく、携帯電話も使えなくなり、連絡手段すら失われるという、厳しい現実に直面していました。

電気やガス、携帯も通じない状態では安心して仕事もできません・・

働ける状態なのに生活ができない・・・
Aさんの状況は決して特別ではありません。再就職に一安心したものの、初給与が入るまでの数週間をどう乗り越えるか?特に一人暮らしや家族のサポートを受けられない人にとって、生活費が底を突くのはよくある悩みです。

私たち社会福祉法人悠久会が運営する「生計困難者レスキュー事業」では、経済的課題をサポートするために、Aさんに以下のような支援を行いました。

生計困難者レスキュー事業の支援内容
1.食料と日用品の提供
まずは、食料や日用品をお届けしました。これで少なくとも、空腹や生活の最低限の不便さからは解放されます。
2.ライフラインの復旧
滞納されていた公共料金の一部を支払い、電気やガス、水道などのライフラインが復旧することができました。
3.携帯電話の契約支援
就職先との連絡手段として、携帯電話等は必須。契約をサポートし、スムーズに連絡が取れる環境を整えました。

レスキュー事業のおかげで、支援対象者の方は無事、再就職先での勤務をスムーズにスタートすることができました。制度を活用することで、就職前の生活不安が解消につながったのです。

「就労」と「生活」は両輪の輪
この事例を通して感じたこととして、「就労」と「生活」は両輪の輪だということです。一方が不安定な状態では、社会生活が困難になります。

※悠久会では障がい者就業・生活支援センター「ぱれっと」を運営しています。この事業所では、障害者の就業と生活支援を行っており、この事業の実践からも、就労と生活の両面が整うことで安定した社会生活を送ることができると実感しています。

生計困難者レスキュー事業を通して感じる課題感と解決策

末吉CSW:再就職や生活の立て直しを支援する中で、「早期発見の困難さ」を感じています。生計困難者が早い段階で自ら助けを求めるケースは少なく、支援に入るタイミングが遅れ、初回の訪問時にはすでに危機的な状況すなわち"電気やガスが止まり、手元に食料もほとんどない"というケースも少なくありません。複合的問題を抱えている状況では、就労意欲の低下や孤立感等のさらなる課題を生み出してしまいます。

この問題を解決するためには、地域全体で包括的な支援の輪を作ることが有効でしょう。福祉関係者以外でも民間の不動産会社や電気・ガス・水道会社と連携協力し、滞納者に対して早期に生計困難者レスキュー事業の情報を提供することができれば、より早く支援につなげることができるかもしれません。また、「社会的孤立」を防ぐ取り組みも重要で、困ったときに身近な人に気軽に相談できる環境を作ることが大切です。

永代:社会的孤立を防ぐ取り組みが、生計困難者の支援につながることを改めて実感しました。福祉分野だけで解決しようとするのではなく、地域全体で支えようとする、悠久会が取り組む「福祉のまちづくり」の視点とも共通していますね。地域コミュニティの活性化や居場所づくり、そして社会関係資本(ソーシャルキャピタル)の充実が、地域の福祉力を高めるポイントとなりそうです。
(※社会関係資本(ソーシャルキャピタル):人同士の信頼関係やネットワークなどの社会的なつながりを資本とみなす考え方。)

関係法令:生活困窮者自立支援制度

平成27年より開始された生活困窮者自立支援制度は経済的困難な状況に置かれている人達を対象に社会的・経済的に自立できるように支援することを目的にした制度です。生計困難者レスキュー事業の支援の流れによってはこの制度につなげることもあります。

■生活困窮者自立支援制度
「生活困窮者自立支援法」に基づき運用される制度。生活保護に至っていない生活困窮者に対する「第2のセーフティネット」を拡充。生活保護制度との連携も行う。実施主体は福祉事務所設置自治体であるが、民間事業者(社協等)への委託も可能となっています。

生計困難者レスキュー事業のネットワーク

生計困難者レスキュー事業の推進には民間団体を含む様々な団体との連携が重要です。

【生計困難者レスキュー事業の連携先】
行政:市町村の福祉事務所や生活保護課等
・社会福祉協議会:生活福祉資金貸付等
・ハローワーク:就労支援
・フードバンク:食料支援
・法テラス:法律相談
・民間企業:電気、ガス、水道、通信会社等や不動産会社(賃貸住宅)
・インフォーマル団体等:自治会、民生委員、ボランティア等

末吉CSW:様々な団体と連携を取れることで、支援対象者に対して幅広い支援を行うことが可能になります。例えば「フードバンク」を活用することで、食料支援をスムーズに行うことができます。

生計困難者への食料支援にも活用されるフードバンク(画像はイメージです)

生計困難者レスキュー事業で発揮される社会福祉士(ソーシャルワーカー)としての専門性

社会福祉士の専門性について語り合いました。

永代:生計困難者レスキュー事業の実践場面において、社会福祉士(ソーシャルワーカー)としての専門性はどのように発揮できていますか?

末吉CSW:レスキュー事業を通して、社会福祉士としての専門性を感じたものとして4つあります。
まずは「アセスメント」。本人の生活状況や自立度を見極め、生活課題を分析することが出発点です。本人の能力だけに着目するのではなく、環境面などの周囲を取り巻く環境を含めて把握することを心がけています。
次に必要なのが、「地域の社会資源を把握すること」。活用できる福祉制度や、地域で利用できるインフォーマルなサービスなど、様々な社会資源を常に把握しておくことが支援の引き出しを増やすことにつながります。
さらに、「ケースマネジメント」では、アセスメントで浮かび上がった生活課題に対し、最適な社会資源を選定し、支援のプランニングを行います。地域の福祉サービスだけでなく、先ほど述べたように民間団体などの資源も選択肢として考慮し、ソーシャルワーカーとして支援をコーディネートします。
最後に、「多職種連携」です。障がい福祉の枠を超えて、地域の様々な専門職等との連携が求められます。相乗効果を発揮するためにはコミュニケーションスキルも重要になります。

永代:社会福祉士(ソーシャルワーカー)・相談員・MSWの職種を目指す方は、「やりがい」「適性」「キャリアアップ」も気になるところだと思いますが、その辺りはいかがでしょうか?

末吉CSW:レスキュー事業での体験を中心にお話いたします。CSW(コミュニティソーシャルワーカー)として感じる魅力は、生活に困っている方々の「生活の質の向上」に貢献できることです。この事業は短期集中支援で成果が見えやすく、感謝の言葉を頂けることが多くあります。その瞬間に、やりがいを感じますね。また、先ほど述べましたとおり、社会福祉士としてソーシャルワークのスキルを活かせる場でもあり、専門性の発揮を実感につながることも、やりがいの一つです。さらに、さらに、社会福祉法人として地域社会に貢献し、セーフティネットの一翼を担えることも社会的意義の実感につながっています。
しかし、やりがいも感じますが、課題解決するために困難な場面も乗り越えないといけません。支援対象者は複合的な課題を抱えていたり、早期発見が難しいことも特徴です。生活が破綻するギリギリまで我慢される方もいますので、緊急対応が多くなりがちです。タイムリミットが迫るなかで、効果的な支援手法を模索せねばなりません。

永代:支援対象者の困難な生活課題の解決に真摯に取り組むからこそ、感謝もされるし、やりがいを感じる仕事なのですね。

末吉CSW:ソーシャルワーカーとしての資質は、単なる知識や技術だけでは計れません。「人間力」「コミュニケーション力」が土台となります。多職種との連携や支援対象者との信頼関係を築くには、何よりもまず「人」として真摯に向き合う姿勢が大切です。
さらに、困難な課題に直面しても、前向きに動ける人が向いています。複雑な課題を解決するためには、幅広い制度の知識や社会資源の理解、他職種と密に連携し、臨機応変に対応できる行動力が求められるでしょう。
支援対象者の深刻な生活状況に直面し、プレッシャーを感じることも多いこので、メンタルの強さも必要です。ストレスに心を折ることなく、レジリエンスを発揮し、粘り強い支援を行うことが大切です。
そして、生計困難者は複雑でデリケートな課題を抱えていることもあるため、高い倫理観を持って誠実に対応しなければなりません。人としての尊厳を守ること、その姿勢が信頼関係構築へとつながるのです。

永代:せっかくなので、私が思う実践力の高い社会福祉士像もあげてみたいと思います。

  1. フットワークの軽さ
    相談室で待つだけでは解決できない問題が多い相談支援のお仕事。時にはアウトリーチを行い、地道に動き回る「泥臭さ」と、福祉制度を巧みに使いこなす「スマートさ」のハイブリッドな資質が求められるのではないでしょうか。

  2. 柔軟な発想力と広い視野
    近年、福祉課題は複雑化しているので、福祉制度の枠内だけで解決しようとするのではなく、地域の民間企業や団体、インフォーマルを含む、ありとあらゆる社会資源を活かす力が必要です。社会課題を解決するためにはミクロ(個別)のみではなくメゾ、マクロと広い視野を持たねばなりません。

  3. ネットワーク力
    「顔と顔の見える関係性」を築き、地域全体の社会資源を結びつけるネットワーク構築力が不可欠。平時から信頼関係を築き、必要な時には、素早く支援できる体制を作っておく必要があります。

  4. サポート力とファシリテーション能力
    ソーシャルワーカーはクライアントをサポートし、支援の全体を調整する「縁の下の力持ち」的な役割が求められます。自ら前に出るのではなく、調整と連携。クライアントを支える全ての人達(社会資源)の力を最大限に引き出し、支援を組み立てる「司令塔」としての視点(俯瞰力)が必要です。

<ソーシャルワーク理論の詳細補足>

ソーシャルワーク実践においては「人間行動理論」「社会システム理論」が実践基盤となります。

プロセスで区分すると「状況を理解するための理論(相互作用理論)」と「援助を行う理論(介入理論)」に区分できます。

先ほど述べた「俯瞰力」(全体像を見渡す力)は「状況を理解する理論(相互作用理論)」であり、代表的なものとして「生態学的(エコロジカル)モデル」と「システム理論」があります。

全体を俯瞰してクライエントを取り巻く状況(個人面及び環境面、相互に及ぼし合う影響等)を理解し、アセスメントが適切に行えないとプランニング(支援計画)も的を射たプランになりません。当然に、適切な介入(援助)も行うことができません。社会福祉士として生態学的(エコロジカル)視座を持ち、物事を捉えるよう意識することが質の高いソーシャルワークを行うために必要なのです。

まとめ

生計困難者レスキュー事業は、まさにSDGs目標1「貧困をなくそう」の達成に貢献できる取り組みです。そのためには、「社会的孤立を防ぐ」取り組みも重要なアプローチの1つです。

社会的孤立を防ぐには「福祉のまちづくり」の視点を持ち、福祉分野のみならず、地域の企業や民間団体等も含む、ありとあらゆる社会資源の掘り起こしと相乗効果を発揮できるネットワークを構築し、「地域の福祉力を高める」ことが必要です。

社会福祉法人悠久会では、これからもSDGsを通じた「福祉のまちづくり」を実践し、貧困等の社会課題をなくすために取り組んでまいります。

※社会福祉法人悠久会のSDGsの取り組みを、さらに詳しく知りたい方は下記のリンクよりご覧ください。


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