地元/生え抜き/土地の人…地域スポーツエリアとしての静岡
INDEX
■土地の人と地元意識
■都会でありながら地元意識の強い静岡
■静岡人にスポーツを通じて出来ること
■土地の人と地元意識
日頃から大変目をかけていただいているスポンサーの社長さんが北海道から写真を送ってきた。富良野の原野。そこは言わずと知れた1980年代に一世を風靡したドラマ「北の国から」の舞台となった土地である。田中邦衛さん扮する富良野生まれの黒岩五郎が、都会で育った子供達(純と蛍)を連れて富良野に移り住み、自然の中で徐々に土地の生活に馴染んでいくさまを描いた不朽の名作だ。当時一大ブームとなり、多くの観光客が訪れ地元の人達を驚かせたものだ。かくいう私も当時の若者定番ロングヘアーにジーンズ姿で2度ほど訪れている。
ドラマに出てくる地元の人達が織りなす人間関係の温かさは、実際に行ってみても同様に感じることが出来る。お金と時間さえあれば何でも手に入る都会の暮らしと異なり、富良野での暮らし向きは決して楽なものではない。一方で、だからこそ互いに優しく強い絆で助け合い暮らしている光景は、当時20代の私でもとても尊いものに見えた。同時に、この北の大地を生き抜くために壮絶な戦いを経てきた歴史も透けて見えたものだ。
「圧倒的に多い土地の人の多さ」…そうした土地の人達同士が、お互いに深く関わり合いながら送る生活は、様々な地方から流入してくる人達で構成される都会の生活とは根本的に異なっている。最も異なるところは、「地元を大事にする強い意識」であり、それは「土地や土地の人達への愛情」だと感じる。そして、その愛は、その土地やその土地の人達を豊かにしてくれる訪問者に対しても同様で、ひたすら優しくしてくれる姿にも見てとれる。
■都会でありながら地元意識の強い静岡
さて、静岡である。勿論富良野のような田舎ではない。都会である。ただ、私は富良野に通じるものを多々感じながらの日々を送っている。そもそも所謂「土地の人」が多い。定量的に調べたわけではないが、6年近く住んでいる中でそれを強く感じる。例えば、初対面の人同士が挨拶をする。「どちらからですか?」と。都会では板橋とか立川とか地名が来るのが普通だが、ここでは地名のあとに入江3中とか中学校名がよくつく。また、相手も何の不思議もなく「あーそうですかぁ。私は4中です」と言ってにこやかな談笑が始まる。さしずめ中学校名が一つの「土地の人」の手形のような役割となっているのだろう。
この土地の人は、本当に地元を大事にする。自分の住んでる街の隣人、通った高校の繋がり、同郷の仕事仲間、そして地元にあり、他県と試合をするスポーツ競技もとても大事にしてくれる。他県から来た私からするとなおさら強く感じる。では土地の人でない私はどう扱われているか…それがありがたいことにとても大事にされている。最初は少しよそ者扱いをされたかもしれないが、今では濃密なお付き合いをさせていただいている財界や個人の方も少なくない。前クラブを退任しても、かなりの財界の方が変わらずにお付き合いいただいているし、街ですれ違いざまに挨拶をされたり、車の窓を開けて手を振ってくれる人も多い。人間最後は地位も名誉も取れて素になるが、そうなっても血の通ったお付き合いが出来そうな気にさせてくれるので、いっそ転居も真面目に考えているくらいだ。
私が大事にされているのには、幾つか思い当たる節がある。私はこの20年近くプロのサッカークラブ経営を専門でやってきている。会社を自立させ社員やチームが誇りを持って働くことを促すことに、相当身を切ってきた。それはそのクラブを取り巻く方々の喜ぶ顔を見たいと心の底から思ってのこと。自分の関わっている仕事で人様が喜んでいただければこれほど嬉しいことはない。短い一生、辛いことや悲しいこともあるだろうが、どうせなら私も含め喜びや感動で豊かな時間を送りたいと思う道理に偽りはないだろう。それをここ静岡でひたすらやってきたことを、見る人は見ていてくれていて、私が思った以上に受け入れてくれたのではないかと感じている。こうした土地の人の所作も郷土愛の一つと感じている次第である。
■静岡人にスポーツを通じて出来ること
ならば、良くしていただいていることへの恩返しは、私の場合、私がここで関わるスポーツ競技を通じて地元の方々へ勝利の感動をお届けすることが筋と考えている。地元愛が強い分、地元のクラブが勝つという喜び、負けるという悲しみの振れ幅は、他地域のそれの比ではないということを嫌というほど味わってきただけに、ここでの勝利は他クラブ以上に大きな価値がある。また、極上の恩返しにもつながる。が、これが中々簡単なものではないことも嫌というほど味わってきた。
でもどうなんですかね。強いに越したことはないけれど、もっとその底にあるそのクラブがもたらす煮えたぎるエネルギーって大事じゃないですか?必死になって戦っている姿、そこ大事じゃないですか?チームだけじゃないですよ。営業やホームタウン活動なんかでも、必死にお客様のことを考え抜いて、お金はなくても真心のこもった仕事をしている姿って、心、洗われませんか?勝つためには会社としての哲学から始まり、強化の体制、競技スタイル、必要な財源等々、突き詰めて考えなければならないことが沢山あります。しかし、「街の人達、ファンのため、スポンサーのために、身を切りまくっている姿」って、私は一番大事だと思っています。そこが出来て初めて勝ちにこだわる、それが筋かと。
Bリーグはスタートしたばかり。Jリーグは折り返しを過ぎて終盤戦の佳境に入りました。このコロナ禍で、人々の心が縮んでしまいがちな中ならなおさら、私たちがそれこそ渾身の力を込めて必死に戦っている姿を見せ続けることが大事ではないかと思っています。「勝敗以前に闘魂あり/腰の引けた試合は絶対にしない」です。少なくともこのスピリットはプロとして皆様にお見せすべきミニマムリミットのつもりで、静岡の方々に、あの富良野の原野で生き抜いている土地の人のような、逞しく生きるエネルギーの充填をしていければ本望です。