【いまさらレビュー】映画:七人樂隊(香港、2021年)
今回は、香港を代表する映画監督7人の手によるオムニバス映画:七人樂隊を観ることができたので、記録しておきたいと思います。
ジョニー・トー、エレイン・チューが音頭を取り、サモ・ハンら世界に名だたる名クリエイターが集結。7人7様、さまざまな切り口で香港の思い出の一幕を綴っています。出演俳優もバラエティに富んでおり、たいへん楽しめる作品でした。
おはなし
タイトルからもわかる通り、7部構成のオムニバス。それぞれ香港の別の年代を舞台に据え、詩情豊かに時代を切り取っている。35mmフイルムでの撮影にこだわったというのもポイントだろうか。
稽古:監督サモ・ハン、少年時代に経験したカンフー学校での様子。当時の頭の傷が戒めとなりサモ・ハンをスターにした
校長先生:監督アン・ホイ、美人で思いやりのある王先生の思い出。いつの時代も美人薄命
別れの夜:監督パトリック・タム、ベタベタの初恋譚。時代は89年、航空機事故が起こるのは後の93年のこと
回帰:監督ユエン・ウーピン、カンフー使いのじいちゃんと今どきの孫との心の交流。脚の長さの違いは文化の違い?
ぼろ儲け:監督ジョニー・トー、SARS流行や株価の変動を追いつつ、親友3人の友情と未来が描かれる
道に迷う:監督リンゴ・ラム、変わりゆく香港で迷子になった古い香港人の顛末。同監督の遺作となった
深い会話:監督ツイ・ハーク、精神科医と患者が入り乱れて丁々発止。不思議な不条理劇。最後に監督自身が登場!
バックで流れる歌やふとした台詞の中に、懐かしさ全開のサブカル要素が散りばめられていたりする。また、巨大ビルが立ち並ぶ都会の風景だけではなく、ノスタルジックな空気をたたえた香港の原風景も盛り込まれている。たくさんの要素がぎっしり詰まっているので、とても面白く奥が深い。どれも見どころは多いが、3作品に絞って紹介する。
「回帰」
受験の孫娘を一時預かることになったおじいちゃん。実は若い頃、カンフーの達人として名を馳せた武術王なのである。文化ギャップに戸惑いつつも、カンフーが縁で心の交流が始まる。監督のユエン・ウーピンといえば、酔拳、蛇拳、デブゴンの時代からキル・ビル、マトリックスなどを含め、映画とカンフーを強い絆で結びつけた功労者の一人。齢を重ねかつての牙は失っても、香港愛は変わらない。
このおじいちゃん、どっかで観たぞ!と思った方、それは正解。1960年代〜名バイプレーヤーとして数多くの作品に出演してきたユン・ワーだ。霊幻道士のキョンシー役、サイクロンZの悪役といえば、ピンとくる。
「道に迷う」
ここはどこ? 知っている場所のはずなのに、迷ってしまって子供と奥さんとの待ち合わせ場所まで、どうしてもたどり着けない。大規模な再開発が猛スピードで行われており、街の様子はガラリと変わっている。かつてあった建物はあっさりなくなり、道行く人はみんな早歩き。ベンチでタバコを吸えば「ここは禁煙」と怒られる始末。スマホに地図を送ってもらい、何とか合流できそうだと思った瞬間、待っていたのは…
悲しい結末だが、染みる一編である。リンゴ・ラム監督は2018年12月に自宅にて急逝されている。まるで、自身の行く末を重ね合わせたかのようなストーリーだけに、感動も大きい。ちなみに、主人公の息子役を演じたのは、ラム監督のお子さんだそうだ。
「深い会話」
とにかく演者全員がしゃべくり倒す一幕。精神科医とその患者という役割を演じながらも、突然立場が入れ替わったりする。不思議な不条理劇だが、会話がテンポよく展開するので、観客が逡巡している暇はない笑 まさに言葉のワイヤーアクションだ。
解説を参考にすると、どうやら字幕からだけではわからない、無数の言葉遊びが散りばめられているらしい。もし得意な方がいらっしゃれば、ぜひ“深い会話”の全面解析にチャレンジしていただきたい。
たくさんの少年たちが力強さ、スピード感、コミカルな動き、無尽蔵のエネルギーに憧れマネをした香港ルーツのカンフー映画。そんなカンフー映画はアクションだけが売りなのではなく、心温まる人情物語という一面がある。映画界を支えてきた名クリエイターたちはみな、後者についても相当な手練(てだれ)なのだと強く感じた。
そもそも香港映画に興味がない方はご覧にならないかもしれないが、カンフーだけではない味わいを存分に楽しめる作品となっていることは間違いない。なるだけたくさんの方に観ていただきたいと思う。