エッセイ1「おすすめの本の話」
「なんかおすすめの本ある?」
私はこの言葉を聞くと思わず身構えてしまいます。
好きな本がないから?
いいえ、そんなことはありません。
むしろ本は大好きですしホワイトボードを用いてプレゼンするくらい本について語れる自信があります。
ではなぜこの質問が私にとってNGワードなのか。
それは私がパクチーが嫌いなことに起因しています。
私は以前まで自称嫌いな食べ物がない人間でした。
食えと言われればなんでも食べる。
私にとっての数少ない自慢でした。
「俺嫌いなものないんだよね〜」
友人との食事でメニューを見ながら多用した言葉NO.1はおそらくこの言葉だと思います。
ちなみにNo.2は「これ唐辛子マークあるから辛いやつじゃん」です。
ところがある日、転機が訪れるのです。
昔見ていたオーラの泉で美輪明宏に転機を聞かれたらこのエピソードを話します。
大学1年生の頃、友人のKがハマっているというタイ料理のお店に行きました。
ちなみにKというのはイニシャルだからとかではありません。
なんとなく仮名はKのイメージがあるもので。
会話の流れで「おすすめのご飯屋ある?」と私が尋ね、Kはそのお店を紹介してくれました。
そして2人で注文したのはトムヤムクンでした。話には聞いたことがありましたが食べたのはこのときが初めてでした。
ウキウキで1口食べた私の手元はそれ以降動くことはありませんでした。
というのは嘘です。
なるべく舌に乗せることなく流し込みました。
粉薬の飲み方です。
なぜ言えなかったのか。
それは隣で1週間ぶりの食事かのように
私が普段カレーライスを食べる時のように
Kが勢いよく食べていたからです。
このときに私は申し訳ないという気持ちはあまりなく、こんなものを食べさせたKへの怒りが理不尽にも湧いていました。
それだけ嫌いなものがないという私のアイデンティティを剥奪した罪は重かったのです。
こんなもの食べさせやがって。
私がパクチーを口に入れる度に頭の中にこの文字が明朝体で浮かび上がりました。
そういう葉っぱなのかなとさえ思いました。
そして私がこの食事会の後に学んだのは、
おすすめなんて求めるものでもないし
するものでもないということでした。
本の話に戻ります。
相手が私に安易におすすめの本を尋ねる時に
私は、
「それではまずあなたの生年月日と手相、読書遍歴と好みのジャンルを教えて下さい」
と心の中で問いかけています。
無責任に自分の好みを押し付けたくない。
私が本とあなたの架け橋、タップルになるから良い本と出会うためのあなたのプロフィールを教えて欲しい。
そんなことを考えながらいつも私は、
「いやー、なんだろうね……」と誤魔化しの笑顔を浮かべます。
おすすめしたくないわけではありません。
手持ちがないわけでもありません。
あなたの情報がないのです。
自分の好きな確固たるものが定まっていて
ノータイムでおすすめを出せる人を見ると私は羨望の眼差しでその人を見つめます。
相手の好みなどどうでもいい。
有無を言わさずにこの飯は美味い。
この本は面白い。
あの映画はつまらない。
と言える人がきっといつの時代も上に立ってきた人間なのでしょう。
歴史を作るのは常に我儘タイプです。
覇王線の持ち主です。
私みたいな足軽はせいぜい映画を見終わったあとの食事で探り探りに正面の友人に、
「良かった…よね?」
と言うのが限界です。
そのときに友人が、
「めちゃくちゃ良かったよ」
と言って初めて
「まじで!これが面白かったんなら多分あれとかあれも好きだと思うよ!」
と私の口からおすすめがポップコーンのように弾けます。
私は上映中は何も食べない主義ですが。
つまりは私は安易におすすめをしたくはない。
私個人のおすすめではなくてあなたと私で歩み寄り私たちなりのおすすめを模索していきたいのです。
しかしこの論調はあまり関係値の薄い人にしてはいけません。
おすすめどころか私自身がおことわりされる可能性が生まれるからです。
そんなときのために、おすすめを聞かれたらある程度の答えを決めておくのがいいのかもしれません。
たとえば私のおすすめは『こころ』です。
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