気の感応は知らないうちに生まれてる。
整体指導において愉気を受けられた方が
ほぼ間違いなく勘違いを起こしてしまうことがある。
それは整体指導者の手から気が出ていて
その気によって自分が元気になっていっているという勘違い。
その勘違いをベースにして
整体指導者を祀りあげたり
NOと言えない妙な組織を作りあげたり
整体指導者本人まで勘違いを起こしてしまうなんてケースまである。
なんでこのようなことが起きちゃうかというと
「気」って、何か特殊なものだという幻想がある。
凄い人しか扱えないって思い込み。
そもそも「気」って、生命エネルギーなので
この文章を読んでくれているあなたの生命を運営しているエネルギーだって「気」なんです。
あなたが「気」を信じようが、信じまいが関係なしに。
あなたが意識したり、感じたりしていないから
自分には縁がないものと思い込んでいるだけの話。
妙な宗教団体でありがちな勘違いとよく似ている。
自分の霊性を高めるためには
霊性を高める瞑想やエクササイズをしたほうがいいとか
霊性を高める読書をしたほうがいいとか
自分の霊性はまだまだ低いからとかなど
勝手に握りしめている思い込みがある。
末期癌で昏睡状態になれば、ほぼ100%がそのまま死ぬわけだど
なぜか臨死体験をして生き返って
数日で癌が消えたという体験をされたアニータムアジャーニさん。
彼女は臨死体験をすることで
私たち全員がそもそも霊的な存在であることが分かってしまった。
だから臨死体験前までは霊性を高めることを目的に
多くの瞑想や読書をしたりしていたんだけど
臨死体験後はまったくしなくなってしまったと語っている。
「気」についての勘違いとよく似てる。
勘違いを起こしてしまうのは
ふれられているぼくの手が温かいからだと言うんだけど
感じてる愉気の感触を丁寧に味わってみて欲しい。
感じている温かさに2段階あることが分かるはず。
最初にふれられて感じる温かさはぼくの手に集まっている気の感触。
次にぼくの愉気に感応して集まってきた自分の気が加わることで
さらに温かくなっているはずなの。
気の感応には必ずあなたの気も参加してくれているの。
意識して参加しているわけじゃなくって
無意識運動の気の集注によるもの。
だから打撲によって鈍っている部位や
損傷が激しいカラダの人や
人工透析を行っていて死んでいる腎臓に愉気をしても感応は起こらない。
ぼくの手に集まっている気はあまり変化していないのに
整体指導の最初よりも
カラダが整体に近づいた終わりの方が
より温かさを感じているはずなの。
そのことがあなたが感じている温かさに
あなたの気もちゃんと参加している証拠なの。
一方的に整体指導者に元気にしてもらったんじゃなくって
整体指導者の愉気によって呼び起こされた自分の気で元気になったというのが真相なんです。
だって、気の感応は必ずふたりの共同作業なのだから。
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