「空気を吸っても太る」
商店街で人気のある肉屋の前で、揚げ物を買い求めていた男性が着ていたTシャツにバックプリントされた言葉です。
「空気を吸っても太る」
バックプリントされたTシャツを着ていた男性は、ショルダーバッグを斜め掛けにしていました。
肉屋からは、香ばしく食欲を肥大させてしまう魅惑的な匂いが、夕方のやさしい風に乗って届けられて来ました。まさに、鼻からコロッケが「すっー」と入って来てしまうのではないかと思うほどに。
男性のショルダーバッグは幅5センチほどあるストラップだった為、バックプリントされていた「吸って」の文字だけが隠れて読みづらくなっていました。
いつもなら気にしないで素通りしてしまう僕なのですが、その日は目に入った光景が何だか僕の好奇心をくすぐったのでしょう。
僕は隠語を確認するかの如く、ショルダーストラップに隠された微かに覗く文字を認識出来るところまで近づきました。あたかも、コロッケを買うのに並んでいる客を装って。
男性の背中を見ました。男性が着ているTシャツのバックプリントとストラップの間に隙間が出来ることを祈りながら。チャンスを狙っていました。どうか、僕がコロッケを買う気のない偽の客だとバレる前に。
そして、男性が購入するタイミングが訪れたのです。正月にお目当ての福袋を数時間並んで、やっと購入する事が出来た時のような気分でした。(僕は並んで福袋を買う習性はないので、あくまでも想像ですが…)
男性は会計をしようとした瞬間、なんと隙を作ってしまったのです。その隙間を目ざとく僕は捉えたのです。(人はいつどこで他人にどんなことを思われているかわかりません)
男性は財布を取り出すのに、ショルダーバッグを背中からお腹へとするりと移動させたのです。そして僕は、念願の隠されていた「吸って」をこの目で確認することに成功したのです。(あんまり、吸って吸って言ってるとなんか変ですね)
全貌が白日のもとに写し出されたのです。
「空気を吸っても太る」
男性にとっては全く迷惑な話かもしれませんが、彼はなかなかの肉づきをしておりバックプリントされた言葉が、とても無理なく、違和感なく、やさしく彼を御符みたいに守る役割を果たしているような感じがしました。
「空気を吸っても太る」という言葉がバックプリントされたTシャツを着た男性は、本当に「空気を吸っても太る」人なんだろうか。真意はわからない。
しかし、肉屋で揚げ物を買っている彼の後ろ姿には、何とも言えないほどの安心感があり僕をほっこりとさせてくれました。
「空気を吸っても太る」人が、カロリー高めの肉屋の揚げ物を買う事の真理。きっとそれは、、、
この世で呼吸をして生きている以上、私は何があろうとも太ることを喜んで受け入れ生きて行きます。という事なのかもしれない。
「空気を吸っても太る」という言葉を力(リキ)まずに背負っている感じがしました。僕みたいな人間にこんな事を思われているなんて、男性はもちろん知る由もないでしょう。
だからこそ僕もしかりで、僕の背中を見て何かしらの生きる活力を受け取ってもらえるように、醸し出せるように、自分に期待して生きて行きたいと思うのであります。