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尾崎豊3rdアルバム『壊れた扉から』レビュー

 尾崎豊前期三部作、最終作は『壊れた扉から』。前作、前々作の10曲ずつとこのアルバム9曲が「前期尾崎」の作品だ。過去も昔もわずか29/71曲で「尾崎豊」が語られてしまうのはいささか悲しいところである。
 さて、本アルバムは尾崎豊20歳の誕生日前日、11月28日にリリースされた。10代尾崎最後の作品でもあり、納期に間に合わせるためにいくらか無理もしたようだ。前期三部作の中では一番地味な印象で曲数も少なく、メッセージはやや哲学的になっていく。「前期尾崎の作品」であるからこそ、よく語られるアルバムなのだ。


1. 路上のルール ★★★☆

 一曲目らしい曲調だが、前作前々作とは異なり歌詞には翳りがみえる。

今じゃ本当の自分さがす度
調和の中でほらこんがらがってる

尾崎豊『路上のルール』より

 「調和」とは「街」と「自分」の調和のことである。すなわち、社会に溶け込むことを良しとする自分と、若者の代弁者たる自分が葛藤している。

2. 失くした1/2 ★★★★☆

 そんな翳りを見せた一曲目から一転、次のトラックは尾崎豊全曲で最も明るい『失くした1/2』である。

諦めてしまわないで
真実はやがて訪れる
信じてごらん笑顔から
すべてが始まるから

尾崎豊『失くした1/2』より

 諦めずに事実を受け止めて笑顔をつくる。それだけのことを歌っているのだが、こういった比喩のないメッセージの方が伝わるのである。

3. Forget-me-not ★★★★

 本アルバム一番の有名曲。アルバムで最後に完成した曲で、期限ギリギリに歌詞が降ってきて一発目のテイクが採用されたというのはファンの間で有名な話だ。それゆえボーカルもやや不安定であり、またそれがいい味を出している。

4. 彼 ★★★

 「彼」という人物を第三者視点から歌った曲。歌詞を脳内で描写し、「彼」の気持ちになると痛いほど歌詞が響くようになるが、中々その気持ちになれる人は多くないだろう。

ほら上も下もないさ
求めるとは失くすこと
つながるもの否定すれば
過ちに傷付くだけ

尾崎豊『彼』より

 求めるとは失くすことであるから、僕が僕であるために勝ち続けなければならない。彼の思想は前々作から変わってはいない。

5. 米軍キャンプ ★★☆

 正直、私は20代になってからこの曲の良さに気付いた。中高生の頃はアルバムの1曲として消化するのみで、あまり好んで聴いてはいなかったのである。
 主人公はある男と夜の店で働く女の2名。街を放浪する男が女と出会い一夜を過ごす。

求め合う夜は傷を舐めるように
愛を探しては
二人で毛布にくるまって眠った

尾崎豊『米軍キャンプ』より

 その一夜はエロスではない。傷の舐め合いで愛に基づくものではないからこそ、愛を探すハメになる。現実逃避の手段でしかないのだ。

Oh おまえはこの街を呪い
かたくなに夢を買い占め
彷徨ってるだろう
Oh こんな夜は
報われぬ愛に失ったおまえを
抱きしめたい

尾崎豊『米軍キャンプ』より

 彼女は彼女をそんな境遇に陥らせた街を呪い、彼女自身が夢を売る立場になる。もっとも、彼が「抱きしめたい」といっているのは、上記のようなかりそめの愛による現実逃避を提供しているに過ぎないのだが。

昨夜は店の客にせがまれて海へ行った
喧嘩ばかりしててつまらなかったと笑う
知らない男の名前をおまえが口にする夜 涙で
孕ました男のリングが光ってた

尾崎豊『米軍キャンプ』より

 彼女は客と海へ行った。その客か誰かは言及されていないが、「彼」にとって知らない男に彼女は妊娠させられてしまった。後段の歌詞は解釈に幅があるが、彼女の涙が「知らない男」の指に落ちたが、その左薬指には指輪が着いていたと考えるのがもっとも自然な解釈ではないだろうか。
 アダルティなサウンドが狂気を増しているのがとても良いのだが、よくこんな曲をアルバムに入れたものだとは感心する。売れるか売れないかでいえば売れないのは当然。曲調の解釈の幅がありつつ完全ネガティブなのだから、僕が20代なってから良さがわかったというのも致し方ないということにしてほしい。

6. Freeze Moon ★★

 ライブで先行して歌われていた曲で、ライブ受けはいい。私も星2とかなり辛口の評価をつけているが、かなり好きな曲だ。

いったいなんだったんだ
こんな暮らし こんなリズム
いったいなんだったんだ
きっと何もかもがちがう
何もかもがちがう
何もかもがちがう ah
oh oh…… 翼をひろげ
oh oh…… 風を求めて

尾崎豊『Freeze Moon』より

 風を求めるという尾崎の姿勢は、後年にも続いて行く。

7. Driving All Night ★★★★☆

俺にとって俺だけが
すべてというわけじゃないけど
今夜俺誰のために
生きてるわけじゃないだろう

尾崎豊『Driving All Night』より

 この曲はこのフレーズに尽きるでしょう。比喩なきこの表現は、間違いなく誰かの期待を背負って生まれてきた子供にとっては響くのです。曲自体は起伏が少ないのですが、それを補って余る名曲ですね。はい。

8. ドーナツ・ショップ ★★★☆

 情景描写に終始したバラード。サビをFu……にするというのは中々斬新である。

9. 誰かのクラクション ★★★★

 通称「誰クラ」。歌詞は極めて観念的であり難解で、間違いなくスルメ曲の一つである。

"何を手にしただろう"
ぬくもりの明りが
やさしくゆれてる

少し聞いて 君は急ぐの
ピアノの指先のような街の明りの中
ほら街に生まれよう

尾崎豊『誰かのクラクション』より

 何かを手にしなければならないという強迫観念は、周囲からは生き急いでいるように見える。

毎日は君のせいじゃなく汚れていても
落書さえ雨に打たれて 時に流される
正確に時を刻むものがあるとするならば
心安らぐ君のリズムはかみ合いはしない

尾崎豊『誰かのクラクション』より

 寸分の狂いもない秒針の音よりも、その日その時ごとに変わる君の鼓動の方が心安らぐのだ。

間違いが君の心を孤独の世界にしても
ほらごらんすべてが
君のものなんだ

尾崎豊『誰かのクラクション』より

 当然ながら、人間は、自分自身が存在するという認識を有することを認識することしかできない。もしかしたら、この地球という世界はパラレルワールドの自分が見ている壮大な夢かもしれないからである。家族も、友人も、恋人も、彼/彼女に置き換わってその人の認識を有することはできないのである。
 それゆえ、「すべてが君のもの」であることについて、否定をすることはできない。不合理な現実さえも、自分の見ている壮大な夢かもしれないのだ。この歌詞には、だからこそ気楽になって周囲に悩まされすぎないようにという意味が込められている。

"誰のために泣けるだろう"
大切なものどこかに
忘れた気がする

どこへ行くの わからぬまま
ピアノの指先のような街の明かりの中
ほら街に生まれよう

探し続けてる素顔のままの愛を
飾らない君の 素顔の愛を 本物の愛を

尾崎豊『誰かのクラクション』より

 そう哲学していると、ときどき何のために生きているのかわからなくなる。もし見ている世界が壮大な夢に過ぎないのなら、何をすることにも意味はないし、愛を誓うことにも意味はないからだ。だから「誰のために泣ける」と考え、そのような哲学はどこに着地するかわからない、環状線のような問いなのである。
 それゆえ、彼は前曲と同様に探し続けている。飾らずにこのような哲学を共有することさえ意味があるのだと信じて。何もかもの存在が証明できないのにもかかわらず、嘘で取り繕った関係を保つことに意味はないからね。

押し流され通り抜ける街の改札に
照れながら愛を口にするあの日の恋人
心から愛されたことがあるかって聞かれた
一緒に探してたものならあった気がする

尾崎豊『誰かのクラクション』より

 そしてこの歌詞。ここのためにこの曲を聞いていると言っても過言ではない。哲学すると愛さえ何か分からなくなってしまうが、共にそうやって真実の愛を哲学し、探すことを愛と呼ぶのなら、彼らの関係には愛がある。
 もっとも、それが「仲間」と呼ばれる概念と何が違うのかは疑問符がつく。ゲーム仲間や仕事仲間のように、共通して追い求めるものが真実という哲学だっただけとも言えるからだ。

総括

 『壊れた扉から』は、尾崎の作品集としては最も短くそれなりに難解であるのにもかかわらず、前期三部作ということだけで語られる対象となる。もしこれが活動休止後に出ていたアルバムなら、ここまで語られていなかっただろう。私個人としては、短い分アルバムとして好きで、通しで聞くことが多い。どの曲も味があるので、ぜひ一度一曲一曲に当たって味わっていただきたい。
 なお、次回は順番通り4thアルバム『街路樹』をレビューするが、便宜上アルバム未収録(死後に発売されたスペシャルエディションには収録されている)の『街角の風の中』及び『太陽の破片』も併せてレビューする。後期尾崎の曲は思い入れが強いから執筆に時間がかかるかもしれないが、可能な限り早めにアップロードすることを心がけるので、どうか期待値を上げてお待ちいただきたい。

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