中国と台湾の中国語の違いを大真面目に解説してみる
「中国と台湾の中国語って違うんですか?そもそも台湾の公用語って中国語ですか?台湾語ですか?」
中国語を大なり小なりかじっているとこのような質問がよく飛んでくる。あるいは、中国語を学び始めた方にも思い浮かんでくる疑問かもしれない。
この記事は、私自身がこれまで学習してきたことや経験に基づいて上の疑問に答える理解の一助となることを目的として書き下しています。(間違えや解釈違いがあったらご教授いただけると幸いです。)
まだまだ勉強中の身ではありますが、中国語の世界を少しでも多くの方に知っていただくきっかけになれば幸いです。
■そもそもの”中国語”の定義
そもそもの話なのだが、”中国語”というのは無数に存在する。
無数というと嘘になるが、大きく分けると7つあるいは10つ、細かく分けると把握できないほどに存在している。
それが方言というものの存在だ。
方言?あくまでちょっと違うだけで結局同じ言語でしょう?と思ったそこのあなた。侮ることなかれ。
日本語の感覚で言うと方言は確かに語尾や単語が少々違うだけで意思疎通には問題ないくらいだろう。
しかし中国は広い。方言とはいえ、全くの別言語になるのだ。意思疎通ができないレベルである。昔は山を越えると言葉が通じないとも言われていたという。
日本語でいうと、津軽弁かそれ以上のレベルのイメージである。
故に、中国はいわゆる”普通語(プゥートンフゥア)”という人工の標準語を作って意思疎通が取れるようにしているのだ。
現地での教育やニュースなどは一般的に普通語が使われる上、我々が一般に言う”中国の中国語”というのは普通語のことを指している。
※よく”中国の標準語”という意味合いで「北京語」と称されることがあるが、正確に言うとそれは間違いで北京語は方言の一つと言える。
台湾も同じで、台湾の中でも台湾語や客家語など方言が存在している。
同様に別言語で意思疎通が取れないため、”國語(グゥオユゥー)”あるいは”台灣華語(タイウァンフゥアーユー)”と呼ばれる標準語が使われている。
※「台湾語」は上にも書いた通りあくまで方言で標準語とは別物である。南に行けば話者人口は増えるが、若い人だと特に台湾華語しかわからないという人もかなり多い。そういう人でもいくつか簡単なフレーズや単語は知っていたり、番組での会話や曲の歌詞にナチュナルに入れ込んでくるという程度に地元に根付いている、という感じだ。
上記のように中華圏では多様な言語が入り混ざっているため、標準語を使っていてもほぼすべての動画に字幕を付ける文化がある。
一般に”中国の中国語”というのは”普通語”のことを指していて、”台湾の中国語”というのは”國語(台灣華語)”を指していると考えていただいて良い。この記事でも例に漏れずそれを前提としている。
※方言や地域による言語の違いについては書くと長くなるので、また気が向いたときに別記事でまとめようと思う。
■で、結局どっちも同じ言語なの?
これに対する答えは、
「同じといえば同じだし意思疎通もできるが、色々ちょっと違う」
という歯切れの悪いものになってしまう。
具体的に何がどう違うのか?ということは次のトピックで順に挙げていこうかと思う。
■こんなにある違い
|文字
まずは一番大きいのがこれだろう。
中国では、簡体字と呼ばれる文字を使用し、
台湾では、繁体字と呼ばれる文字を使用する。
たとえば以下の二文を見ていただきたい。
中国・・・机场离这里有点远,还是坐车过去吧。
台湾・・・機場離這裡有點遠,還是坐車過去吧。
上二つは全く同じ文なのだが、比べてみると文字の違いが判るかと思う。
簡体字はその名の通り簡略化した漢字で英語では(Simplified Chinese)と呼ばれる。識字率を上げるために元の伝統的な漢字の部位の一部を切り取ったり、あるいは形をごっそり変えて画数を少なくしているのだ。
中国以外でもマレーシアやシンガポールの華人・華僑の間でも使われている。
繁体字は昔から使われている漢字で英語では(Traditional Chinese)と呼ばれる。画数が多いが、漢字本来の美しさがある。
台湾以外でも香港やマカオなどで使われている。
現代日本で使われている新字体は簡体字と繁体字の中間に位置する。
加えて、句読点の位置も違う。
下のサイトを見比べてもらうとわかるが、簡体字では日本語と同じく句読点は下側の位置につくが、繁体字では句読点は真ん中の位置につく。(noteでは句読点が下に表記されてしまうため、他サイトを引用する形にしました。)
簡体字NHKニュース↓
繁体字NHKニュース↓
|文法
両者で基本的には大きな違いはなく心配する必要はないが、違いはやはりあるので紹介したい。
動詞によく”有”をつける
中国・・・你去过日本吗?
台湾・・・你有去過日本嗎?
日本に行ったことがありますか?という文だが、台湾では動詞の前に”有”をつけることがよくある。ニュアンスで言うと、過去のことという意味合いを含む。
普通語では動詞に”有”を付けるのは間違いとされているが、台湾華語では正しい文法とのことだ。しかし中国でも近年、チャットなどくだけた場では若者を中心に動詞に”有”を付ける人が少なくないように感じる。
語気助詞をよくつける
語気助詞とは文末につけてニュアンスを強調したり柔らかくしたりする効果がある助詞のことだ。
例)啊、呀、哇、喔、咯、啦、嘛 etc…
地域を問わず日常でよく使われるが、台湾ではより感情が強調して使われているイメージがある。
|発音
発音の仕方についても違いがある。
中国では舌を巻いて口の内側を比較的大きく開けて発音するが、台湾では口の内側をあまり開かず平べったく発音する。一般的に、言語上口の内側を開けず舌を巻かない日本語話者にとっては台湾の発音が習得しやすいと言われている。
そり舌音が弱め
具体的に言うと、舌を巻くそり舌音の発音は主に
zhi(ジィー)、chi(チィー)、shi(シィー)
があるが、台湾では舌をあまり巻かずに上の発音が
zi(ズー)、ci(ツー)、si(スー)
と聞こえることも多い。
※中国でも南の方に行くと同様に舌をあまり巻かない傾向にある。
言語による舌の巻き具合の分布で言うとこんな感じのイメージ。
前鼻音と後鼻音の区別が弱い
前鼻音は-nの発音で、後鼻音は-ngの発音である。台湾や中国の南の方ではあまり大げさに発音を区別しないように聞こえる。
日本人には聞き取りが難しいが無意識に使い分けていて、
前鼻音(-n):案内の”ん”
後鼻音(-ng):案外の”ん”
と考えるとわかりやすいと思う。
基本的に台湾や中国の南の方の一部は声調はしっかり発音として区別しつつ、音自体は全体的に比較的平べったく、ゆるい感じのイメージだ。
|発音記号
これまた大きな違いが、発音を表す記号である。
中国大陸ではローマ字の”ピンイン(拼音、pinyin)”
台湾では”ボポモフォ”あるいは”注音”とも呼ばれる(ㄅㄆㄇㄈ)
記号がそれぞれ使われる。
中国大陸のピンインの方は世界中で馴染みのあるローマ字のため、大学の第二外国語や外国人として中国語を学ぶ際にはおそらく圧倒的大多数がこちらを使うことになるだろう。
ピンインでは音を表すローマ字に加え、声調を表す記号を付けて表す。
例)你好(nǐ hǎo)
PCやスマホで中国大陸で使われている簡体字を打つ際には、以下のようなキーボードを用いる。
一方、台湾で使われているボポモフォの方は馴染みのない方が大多数だと想像される。
よく見るとひらがなに似ている記号も存在するが、成り立ちとしては日本語と関連はなく、あくまででひらがなと同様に漢字を基に作っているので同じルーツゆえに似ている形になっている。
ボポモフォでもピンインと同様に、音そのものを表す記号に声調記号を付けて表す。
例)你好(ㄋㄧˇ ㄏㄠˇ)※
※ただし、一声の発音表記の際は声調記号をつけない。
PCやスマホで台湾で使われている繁体字を打つ際には以下のようなキーボードを用いる。
中国のピンインや日本、英語で使うローマ字打ちと違って4列構成となるため、キーボードの数字・記号の列まで使ったワガママボディ(?)配列である。
ピンインとボポモフォは一対一対応していて、中国語のある発音を表すときにはどちらを使っても一意に定まる。
あとは、発音記号を記す配置の違いがある。
一般的に中国のピンインは漢字の下に添える形で横書きをする。
一方で台湾のボポモフォは漢字の右側に添える形で縦書きをする。
※2024/9/25追記: ポポモフォは漢字の「左側」に書くと書いていましたが、コメントでMikiさんより右側に書くことが多いとご指摘をいただき修正いたしました。ご教授ありがとうございます!
|語彙
使われる語彙においても幾分の違いがある。
個人的な経験で言うと、コンピュータ関連の単語に使われる単語の違いが特に多い気がしている。
例1)チャットアプリの”メッセージ”
中国・・・信息(シンシ)
台湾・・・訊息(シュィンシ)
例2)ハードウェア / ソフトウェア
中国・・・硬件 / 软件(インジエン / ルァンジエン)
台湾・・・硬體 / 軟體(インティー / ルァンティー)
それ以外にも”タクシー”や”ビニール袋”、”パイナップル”など、日常のあらゆる分野にて使われている単語が違うものがある。
そして名詞だけでなく、動詞でももちろん違いはある。
例)人前でイチャつく
中国・・・秀恩爱 / 撒狗粮(シォウオンアイ / サーゴウリャン)
台湾・・・放閃(ファンシャン)
あとは外来語の扱いの違いがある。
中国では基本的に表意的で外来語は意味を汲み取って漢字に直し、それをそのまま中国の漢字読みをすることが多い。
一方で台湾は表音的で外来語はそのまま読んだり、音訳する傾向がある。
例1)TOYOTA
中国・・・丰田(フォンティエン)※”丰”は日本の漢字で言う”豊”
台湾・・・TOYOTA(トヨタ)
例2)ヨーグルト
中国・・・酸奶(スゥアンナイ)
台湾・・・優格(ヨウグゥアー)
|発音が違う単語がある
同じ単語であっても、発音が異なるケースも存在する。
例1)”熟知している”という意味の”熟悉”
中国・・・shú xī / ㄕㄨˊ ㄒㄧ(シュウ シー)
台湾・・・shóu xī / ㄕㄡˊ ㄒㄧ(ショウ シー)
例2) ”主役”という意味の”主角”
中国・・・zhǔ jué / ㄓㄨˇ ㄐㄩㄝˊ(ジュ―ジュエ)
台湾・・・zhǔ jiǎo / ㄓㄨˇ ㄐ一ㄠˇ(ジュ―ジャオ)
※中国ではジュ―ジュエが正しい読み方とされているが、近年では若い人を中心に台湾と同じくジュ―ジャオと読む人も増えている。
|フレーズの違い
会話のフレーズにも日常の中で違いを見つけることができる。
例1)相手のためになることをしてありがとうございます、と言われて「どういたしまして」と返す時。
中国・・・不客气。(ブークゥァーチ)
台湾・・・不會。(ブーフェイ)
例2)絶対に使ってはいけない最低最悪のフレーズだが、
”Fu*k your mother”という意味の時。
中国・・・操你妈(ツァオニーマー)
台湾・・・幹你娘(ガンニ―ニャン)
■個人的な学び方のススメ
|普通語と台湾華語、どちらを勉強するべきか
これは中国や台湾に行くかが決まっている、あるいは個人の勉強したい方によるというのが回答になってしまうのだが、
一般的に言うと優先度として①普通語→②台湾華語で勉強をするのが良いかと思う。
というのも、理由は色々あるが大きく2つ挙げられる。
汎用性が高い
中国大陸は大きいし、人口も圧倒的に多い。
書店にある中国語学習本も9割かそれ以上は普通語を題材に扱っているものである。
それでも近年の台湾ブームの影響で台湾華語の教材がここ4,5年前から比べてかなり多くなった方だと思うが、中には発音記号をすべてボポモフォでしか記載していないような初心者殺しともいえる教材が存在するため、やはり普通語をベースにした教材を使う方が学びやすいと思う。
ネットで調べるにも簡体字での学習情報がよりヒットしやすい。
まずは汎用性の高いものから学習を進め、それから余裕があれば人口的に言うと少数派の台湾華語を勉強するほうが理にかなっていると思う。
簡体字は画数が少ない
一般的には台湾で使われている繁体字は日本の漢字に似ていると言われるが、私個人としてはあまりそうとは思っていない。やはり現代日本で使われている漢字とかけ離れているものも多く存在する。何より画数が多く、文字を書けるようになるまで覚えるのが結構大変だ。
一方の簡体字も略しすぎて何の文字を表しているのかわからない初見殺しの文字が多く存在する。画数もその分少ないので(例外はあるが)、一度覚えてしまえば忘れる確率は繁体字よりは低いだろう。また一度簡体字を覚えてしまえば、繁体字で初見の文字が出てきたときにも類推がしやすくなると自身の経験から感じている。
また画数が少ない分、試験でも簡体字の方が有利だ。たとえば中国語検定では準4級を除いて簡体字と繁体字どちらを使ってもいいが、混合させることはできずどちらか一方に絞らなければいけない。
キーボードで打つのならまだしも、漢字を調べられない状況で紙に手書きをするなら簡体字の方が良いだろう。
|ピンインとボポモフォ、どちらの発音記号で勉強するべきか
中国大陸のピンインはローマ字を使っているので入りやすいというのはその通りだが、欠点もある。音を正確に表さないケースがあることだ。一方で台湾のボポモフォの方は、音をすべて正確に表すことができるのだ。
例えば、”水”という字を使って解説を行う。
水の中国語の発音をカタカナで無理やりに表すと、(シュゥエイ)という音になる。
中国のピンインで表記をすると、ローマ字のつづりの上に第三声の声調記号をつけて"shuǐ"となるが、
ピンインでuiと書くと、実際に表記はしなくてもuとiの間にeの音が入るという暗黙のルールがあるので発音は実質"shueǐ"となる。
※普通語の教育を受けていない現地の人も、表記と実際の発音に乖離があるために誤表記をするケースがままあるのだという。
一方で台湾のボポモフォについては、
ㄕ(sh)+ㄨ(u)+ㄟ(ei)+ˇ(声調記号:第三声)= ㄕㄨㄟˇ(shueiˇ)
という風に発音するべき音をしっかり記載しているのだ。
上の理由で、発音が難しい中国語を学ぶ初心者はボポモフォから入るべきだと主張する人もいる。
個人的に言うと上のようなデメリットがありつつも、中国のピンインから入る方が良いかなと思う。
というのも、最初から発音という初心者にとってデカすぎる壁がある上に、発音の文字も学ばないといけないとなると心理的にかなりきついものがあって投げ出したくなる(少なくとも私はそう思う)からだ。
とはいえ、台湾人に発音を聞く時は十中八九ボポモフォで返ってくるし、チャット上で感嘆詞や単語にボポモフォをナチュナルに混ぜてくることがあるので、学習上でも現地の文化に入り込むという意味でも勉強しておく方が良いのは間違いない。
※ボポモフォの使い方やおすすめの習得法についても書きたかったんですが長くなるので、気が向いたらまた記事書きます。
■まとめ
中国の中国語、台湾の中国語について色々と違いを述べてきましたが、どちらかでも知っていればもう片方を理解するハードルはぐっと下がるかと思います。
いまいま中国語に興味があって勉強したい!ひいてはどちらも興味があって使えるようになりたい!という方が1人でも多く出れば、中国語を勉強する仲間の1人としてとても嬉しく思います。
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